第十七話 救出
二人、いや俺を含めて三人の顔は驚愕に包まれた。
「ど、どうして……?」
やはり、この夫婦は雪野の……雪野雫の両親だ。
ならせめて、この二人だけでも……。
「俺は、雪野雫を知っています」
「雫は……雫は生きてるの!?」
女性の叫びが体育館に響き渡る。落ち着かせるように、柔らかく答える。
「はい、昨日は一緒にいました」
「それは本当なのかい?」
男性の方が、食い入るように聞いてくる。
「はい、間違い無いです」
「雫は、今はどこに……?」
「それは……分かりません。昨日おそらくさらわれてしまったので」
「そう……なの……」
女性は力が抜けて、倒れそうになる。それを男性が支える。
「あの、あなたたちは捕まった時、最初からここに連れ込まれましたか?」
「いや、半日ほど待機した後だったと思う」
「待機場所は?」
「……向こうのほうの建物だよ」
彼は俺とエリーが来た方向とは反対側の方を指した。
「分かりました。ありがとうございます」
くそっ……どうするか……。元々の作戦は別れてから十五分後にエリーが魔道具を解除し、恐竜を解放させる。そして混乱に乗じて雪野と逃げ出す予定だった。
ちなみに、エリーも時計なるものを持っているらしい。時間の換算はこちらの世界と同じだ。
しかし、いきなり予定は狂う。雪野が違う場所に囚われているのだ。
俺はスマホを確認する。別れてから丁度十分。後五分だ。
……大丈夫。混乱に乗じてあの建物に行き、雪野を救い出すだけだ。
「あの……君は、雫を助け出せるのかい?」
男性の方が話しかけてくる。
「分かりません……けど、やれるだけはやってみます」
俺は腰の剣を確認する。まだ、一人で戦ったことはないが、やるしかないのだ。
「………君の名前は?」
「古谷……古谷奏斗です」
久しぶりに口にした下の名前に、どこか……何故か恥ずかしさを感じる。そういえば、俺とエリー、雪野はお互いの本名も知らずに、ここまでやって来たのだ。なんだか不思議な感覚だ。
すると、落ち着きを取り戻した雪野の母が、穏やかな口調で言った。
「古谷さん、雫のこと本当にありがとうございます」
「いえ、俺はたいしたことはしていません」
本当にそうだ。身の安全など、ほとんどはエリーが保ってくれたもの。
「あの……もし雫を助け出せたのなら、これを渡してやってください」
彼女が渡して来たのは、合格祈願のお守り。
「雫……神様とかは信じてないんですけどね。やっぱり心配だったと思うんです。相談できる友達もあまり多くなかった様子だったから……。だから、気休めくらいにはなるだろうと思いましてね……」
彼女の顔には、柔らかい……柔和な笑みが浮かぶ。
俺は手に置かれたお守りを、彼女の手に返した。
「これは、あなたが渡してあげてください。あなたたち二人も必ず助けるので……」
彼女の瞳は潤み出した。たが、それは先とは違い、温かい感情が含まれていた。
………エリーが動くまで後一分。心の準備は万全だ。
俺は体育館の出口付近に移動し、エリーの行動を待つ。あんだけ格好つけたんだから、絶対にやり遂げないといけない。
その時、何か何かの音が響いた。今まで聞いたことがないような不思議な音。同時に組織メンバーの声が聞こえる。
「なんだ!?」
「魔物を抑える魔道具が解除されているぞ!」
体育館の横を通過していく足音が聞こえる。あれは魔道具解除の音だったらしい。エリーが動いたのだ。
「すぅー……よし………」
俺は深呼吸を繰り返し、とうとう行動に出た。スライド式のドアを開け、さらに両開きのドアから飛び出す。
向かって右の方にたくさんの人影が見える。あちらはエリーと幹部が向かった方向。
そして俺の進路は真後ろ、体育館を回り込まないといけない。念のため敵がいない方から回り込み、雪野がいるであろう建物に向かう。
微妙に形を保っている廃虚で視界を遮りつつ、着実に進んでいく。
周りには敵の姿は見えない。体育館を取り囲むのをやめて大丈夫なのかと思うが、たくさんの心臓を取り込んでいる魔物たちにアクシデントが起きることは、相当な異常事態なのだろう。
意外とすんなり建物付近に到達する。敵影も見えない。
俺は迷いもなく建物に足を踏み入れた。
そこはとても無機質な空間で、ひどい冷たさを感じる。人気は全くない。本当にこんなとこにいるのだろうか。
「雪野さん!いないのか!」
俺は躊躇なく叫ぶが返答はない……いや、
「古谷……さん?」
弱々しいながらもかろうじて聞き取れたそれは、一つの扉の奥から鳴っている。
「雪野さん!」
俺は走って行き、焦りながら扉を開ける。
そこには、腕と足を縛られた彼女の姿。全身が汚れていて、特に右足首はひどく腫れている。
「大丈夫か!」
俺はカッターナイフを取り出し、縛っている紐を切っていく。まずは腕から。
腕の紐が解かれた途端、彼女はゆっくりとした動作で抱きついてきた。
「遅いです……」
母とよく似た涙まじりの声が、小さな監禁部屋に響いく。
「悪かった」
まだたった半日ほどしか時間は経っていないが、それはここ一ヶ月の、いや一生の中で最も長い時間だった。
「大丈夫、エリーも来てくれてる」
「はい……」
俺に抱きつき返すほどの度胸はなかったが、ずっと頭を撫で続けた。
彼女はものすごく恐ろしい体験をしたのだろう。マンションにいるところを襲撃され、怪我をし、そしてこんなに薄暗く、冷たい空間に運ばれる。
エリーがそばにいた俺と違って、不安は高まるばかりだっただろう。
長い抱擁が解かれると、俺は雪野の足の紐も切りつつ、一つの重要事項を伝える。
「雪野さん、両親が生きてたよ」
「え?、本当ですか?」
「中央の体育館に囚われてた」
「それじゃあ……」
「うん、二人も連れ出してさっさと逃げよう」
「……はい!」
彼女の満面の笑みは初めて見た気がする。その笑顔も、どこか両親に似ていた。
足の紐を切り終わり準備は整えたが、彼女の腫れた足では到底歩けそうにない。
「痛っ、これ……どうしましょう」
「………乗って」
俺はしゃがむと、雪野が乗るのを待つ。彼女は躊躇した様子だったが、すぐに乗った。おんぶだ。
「すみません……」
別に全然重くないので大したことはない。俺は建物を出て、周囲を窺う。依然として敵は魔物の対処に追われているようだ。
今なら行ける。
俺は行きと同じルートを慎重かつ素早く移動し、体育館の方に近づいていった。今は順調に進むことができている。このまま行ければいいが……。
が、体育館に近づいたとき、期待は裏切られた。
そこには予想だにしなかった光景が広がっていた。
二体の恐竜が、唸り声を上げながら体育館の方に向かっている。組織メンバーを抜けてこっちまで来てしまったらしい。
対して、中からは誰一人として出てこない。何故誰も逃げようとしていないんだ?
俺は全速力で体育館の入り口まで行くと、左手で雪野をしっかり支えつつ、右手で扉を掴んだ。
重たいそれに苦戦しつつ、中に入る。開け放たれたままの二つ目の扉を抜け、叫んだ。
「皆さん!今すぐ逃げてください!!」
何人かが顔を上げる。
続けて背中の雪野が叫ぶ。
「今なら逃げれます!早くしてください!!」
しかし、それで立ち上がる者は、奥にいる雪野の両親だけだった。
「どうしてですか!?」
俺たちの叫びは誰にも届かない。
俺が痺れを切らして奥まで足を進め始めた時、誰かがつぶやくのが聞こえた。
「どうせ外に行っても、もう何にも残っちゃいないじゃないか……」
その答えに、俺は言葉を失った。確かに、外に広がるのはただの廃墟。生きる気力を失った人がいても、なんら不思議ではないのかもしれない。
それに、エリーの力があったとしてもこの人数を守れるとは限らない。
「くそっ………」
無力感に打たれると同時に、背中の雪野は体を強張らせる。
……俺は、彼女を守ることだけを考えればいい。
再び奥に足を進め、雪野の両親と合流した。
「雫!」
俺が背中の雪野を預けると、三人は熱い抱擁を交わし合った。
「古谷君、ありがとう。本当にありがとう」
「いえ……それより、早くここから逃げましょう」
この夫婦だけは、現状の厳しさに負けず、立ち上がった。
恐竜の足音が響く。もうだいぶ迫っているだろう。
俺は両親の間に立つ、雪野に話しかける。
「俺は奴らの注意を逸らして………倒してくる。もし俺がやられたら、三人で山の方に抜けてくれ。そっちはたぶん安全だ。その後は俺たちとエリーが出会った場所に向かって。そこが集合場所だ」
「……分かりました」
「よし……じゃあ行こう」
座り込む人々を横目に、俺たちは出口に向かう。
「ここで止まって」
彼女らを出口付近で待機させると、外の方を確認する。
すぐそこに、恐竜たちは迫っていた。
「来て!」
三人を引き連れて、出来るだけ注意が向かないように走る。しかし、二体のうち一体は体育館の人々にではなく、こちらに顔を向けた。
その瞬間、猛スピードでこちらに向かって来る。
「きゃあっ!!」
「なんだ!?」
雪野の両親の叫び声、俺は剣を即座に抜き、詠唱する………。
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