第十六話 潜入
俺たちは今、組織メンバーの集合場所付近にいる。マンションからは走って二、三十分ほどかかった。
目下に広がる廃墟には、謎の光る円に囲まれた恐竜の群れといくつかの人影が見える。そして中央には学校の体育館があり、周りが崩れているせいでどこか浮いている。
配置的に、あの中に囚われた人がいるのだろう。俺の世界側の人間が。
俺は横でじっとその様子を観察しているエリーに顔を向ける。
「本当に……あの作戦で行くのか?」
「もっといいのが思いついたなら聞くけど?」
彼は期待してない感じで、こちらに目を向けすらしない。
「はぁ……」
もう、やるしなさそうだ。
ここは山の上、いや、丘ぐらいが正しいのかもしれない。頂上の辺りには有名な神社があったが、先程悲惨な状態になっているのが確認できた。
あそこに囚われている人が初詣に来た人々だったとしたら、ここを襲ったのは組織メンバーの方だろう。まだ、捕食されていないし。
先程のスーパーに行った時に恐竜がいなかったのは、ここの現世界人を捕食させるために移動させたからだろう。すると、もうすぐ捕食が始まっても遅くはない。
ちなみに、基本的に魔物を手懐けることはできないが、専用の魔道具で誘導、捕獲が可能らしい。あの光る円は魔道具の効果によるものだろう。
さて、雪野がいるとしたらあの中央の場所だろう。しかしそれを囲むように恐竜や組織メンバーが配置されていて、簡単に近づけそうではない。
そこでこの作戦の出番だ。
俺は脇に置いてある台車と、それに乗ったダンボールに目を向けた。
「古谷、準備はいい?」
「おう……」
名付けて隠密ダンボール大作戦………。冗談は置いておきたいが、今から本当に冗談みたいなことをやる。
俺はエリーが押す台車の上で揺られながら、かすかに見える外の様子を伺っていた。
そう。俺は今ダンボールの中に入っている。
水が入ってたやつでは小さすぎたため、わざわざ大きいやつをマンションから探してきたのだ。ただ、発想は水のやつから得たので無駄にはならかったがな。
俺は人差し指くらいの太さで開けた穴から、片目をのぞかせている。
前方には一つの人影が見える。あれは間違いなく組織メンバーだ。
初めて見るエリー以外のメンバー。服装は全体的に暗めで、エリーと同じように黒い羽衣を着ている。顔はフードで隠れて見えにくいが、年はそれなりにいってそうだ。
何かパッとしない感じだが、エリーと同等の力を持っているのだろう。
「幹部補佐、エレノア・レイエスだ。ただいま帰還した」
エリーは先に声をかける。彼の本名エレノアっていうのか……。エリーは愛称だったらしい。ん?ていうか今幹部補佐って言った?
相手は警戒してる様子で、腰に吊るされた剣に手が添えながらこちらを睨んでいる。
「随分と長いあいだ単独行動をしてらしましたが、いったいどう言った目的で?」
相手の視線はどこかこっちを向いてる気がしなくもない。まさかバレてないよな……。
「普通に対象を探してただけだ。ただ、俺が探索した方面には確認できなかったがな」
「そちらは?」
今度は確実にダンボールの方を見ている。俺の心臓は無意識に騒ぎ始める。
「この街で手に入った物資だ。なんせ珍しいものばかりだからな。そんなことより、幹部はどこだ?」
「………こちらです」
疑いは全然解けてなさそうだが、とりあえず敵対はされてない。それより、エリーが偉い人だったなんてちょっと驚きだ。
なんかこう……もっと頑固親父みたいな奴がしてるイメージだった。
こうして潜入に成功したが、これはまだまだ序の口に過ぎない。
「他の連中はすでに帰還しているのか?」
「ええ、あなたが最後です」
「捕獲人数は?」
「およそ百です」
「そうか、一度確認させてもらうぞ」
エリーは捕獲者の近くに行くよう会話を進める。これが第二の試練、雪野の所にダンボールを………俺を持っていくこと。
「なぜです?」
「以前強力な魔道具を持った者を見た。もしかしたら隠し持っている奴がいるかもしれん。念のためだ」
彼は平然と語る。しっかり口実を考えていたのだろう。
「それなら私たちがやります。危険なら尚更、レイエス幹部補佐は待機しておいてください」
「構わん、魔道具の性能を把握してる俺が行った方がいい」
「ですが……」
「いいから案内しろ」
「了解しました……」
大丈夫だろうか、ちょっと強引に行き過ぎかもしれない。あまり時間も残されていなさそうだし、しょうがないのかもしれないが。
緊張は解かれぬまま、前方の景色に例の体育館が映る。やはり監禁場所はあそこだったらしい。
視界の狭さゆえに完全には把握できてないが、体育館の周りに組織メンバーはいなさそうだ。
会話は止まり、台車がでこぼこの地面を進む音と、二人の足音だけが聞こえる。
冷たい汗を感じている間に、目的地に到着した。見えないが、左側から新たな足音が聞こえる。
「幹部、お疲れ様です。先程、レイエス幹部補佐が帰還しました」
地味男がそれに話しかけると、想像とは真逆の、鋭さを持つ女性の声が響く。
「レイエス、あんなに長期間、連絡もなしに何をしていた?」
「目標の探索ですよ。自分のペースでやりたかったんでね」
「なるほど、私の指示を無視したと。そういうことだな……」
「そうなりますね」
「珍しいな……私に反抗するとは。まさか理由が本当にないわけないだろう?」
「どうでしょうか」
「ふん。向こうで詳しく聞こうじゃないか」
だいぶまずそうな雰囲気だ。まさか殺されることはないと思うけど、流石に心配になる。
「お前は持ち場に戻れ」
「ハッ……」
その圧のある声が地味男に指示を出す。
幹部とエリーは左側に、地味男は後ろの方に戻っていった。エリーが自然と荷物を放置したため、こちらとしては理想の状態。
三人の足音は遠ざかり、静寂が訪れる。基本的に敵たちは外側を見ているはずだ……と信じるしかないが、一人ぐらいここを監視している奴もいるかもしれないしな……。ここは一応保険をかけておこう。
この窮屈な空間から早く出たい気持ちを抑え、俺はポケットからカッターナイフを取り出した。
いまダンボールの一面は建物に接している。その面から出れば、ダンボールが壁になり、外側からの死角になるはずだ。
カリカリカリッとカッターの刃を出し、左上の隅にそれを刺す。意外と硬いダンボールの感触に苦戦しつつも、なんとか右側まで横に切る。
次は刃を縦向きにして刺し、上から下に切っていく。今度はさっきよりか楽に二箇所とも終わらせた。
「よし……」
カッターを仕舞うと、目の前の面を慎重に押す。下部分だけ切らなかったそれは、まるでオーブントースターを内側から開けるように開いていく。
動きを最小限にしながら、しゃがんだまま外に出た。今は壁と、台車の間にいる状態だ。開放感を感じる余地もなく、次の行動に移る。
見られていないことを祈りつつ、すぐそこの入り口に向かう。両開きの重たいドアを片方だけ開け、少し開いた隙間に体を滑り込ませる。
しかしドアはガラス製のため、まだ安心できない。玄関を抜け、もう一つのスライド式のドアを開ける。
すると、いくつかの視線がこっちに向いた。彼らの服装は見慣れた俺側の世界のもの。
俺は慌ててドアを後ろ手に締めた。これで外からの視線は気にしなくてもいい。
再び、前方を見る。そこには地味男が言った通り、約百人ほどの人がいた。性別年齢さまざまで、皆憔悴しきっている。
彼らは俺の服装を確認すると、興味をなくしたようにまた俯いた。同様に囚われた人だと思われたのだろう。
薄暗い中では、うまく顔の判別がつかない。雪野を探さないと……。
俺は散らばった人々一人一人の顔を確認していく。中には家族連れや、老人もいた。隅で怯えている、赤ん坊を抱えている女性を見ていると、わずかな憤りを感じてくる。
けれど、今の俺に全員を助ける力はない。そうして歩いていくうちに、一番奥の方までたどり着く。もしここにいなかったら…………。
湧いてくる焦りを押し殺し、確実に確認していく。
違う…………あの人も違う………あの人も、そしてあの人も…………。
最後に目線を向けた先、そこには二人で寄り添う夫婦がいるだけだった。確実に雪野ではないだろう。
まさか……既に殺されてしまったのか……。
「雫……大丈夫なのかしら…………」
「大丈夫だよ……きっと生きてるさ」
その時、聞こえてきたのは涙まじりの女性の声と、それを宥める男性の声。
それを発していたのは先ほどの夫婦だった。雫……彼らの子供だろうか。
絶望に満ちたこの空間、中には涙さえ失ってしまった人もいるのだろう。しかし命すら、これから失われようとしている。
館内に大きな音が響く。入り口から何者かが入っていたのだ。
俺話慌ててその場に座り込む。左腰の鞘が隠れるように体をずらすと、先ほどの夫婦の近くに来てしまった。彼らの方に視線を向けるが、特に気にしてないらしい。
中に入って来たのは、やはり組織メンバーの一人だった。そいつの声が響く。
「今日の配給だ。存分に味わえよ……明日にはもう食べれないんだからな」
そいつが憎たらしい笑みを浮かべているのは見なくても分かった。奴はすぐにここから出ていく。
どうやら今日か明日、恐竜に捕食されるらしい。
まあ、それ以前にここには雪乃がいなかったんだが。
はぁ……これからどうするか……。
とりあえず顔を上げると、視界には夫婦の姿。よく見ると、女性は合格祈願のお守りを持っている。子供は受験生なのだろうか……。
ん……?まさか…………な……。でもここは神社のすぐ近くで、確か彼女も神社に両親が……と言っていた気がする。そして、雫……おそらく女性の名前。
俺は夫婦に声をかけた。
「すみません……あなたたちは……雪野さんですか?」
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