第十五話 帰還
ついて来てくれたエリーに人生史上最大の感謝を伝えると、俺たちは戦闘で荒れたスペースを抜け、荷物の場所に戻り始めた。
もしあの時エリーが止めてくれなかったら、俺は今頃あいつの餌と化していただろう。本当に救われた。
「まずいな……使い魔がいるってことは、そろそろ組織メンバーが来ているかもしれない」
エリーは顎に手を当て、不安げな表情を浮かべる。
俺たちがマンションを拠点にしてからはや一ヶ月。とうとう組織メンバーの脅威が訪れた。ようやく外で探索できるほどにはなったが、未だ元の世界に帰る手がかりは見つけられていない。
「そうか……じゃあ早く戻らないとな」
先の戦闘でかなり時間を使ってしまったため、予定よりだいぶ時間が過ぎていた。
雪野が心配だ。彼女は一人マンションに待機しているが、もしかしたら組織メンバーが接近しているかもしれない。
俺たちは足を早め、先を急ぐ。
荷物の場所に到達する直前、エリーが視線を外す。
「こっちには何があるの?」
彼が向く方向には両開きの扉があった。
「ああ、そっちは多分バックヤードにつながるところだと思う。在庫とかを保管してる場所ね」
「ふーん」
エリーの興味が逸れると、目の前の水入りペットボトルが詰められた荷物に意識が向く。
んー、やっぱり苦労の割には量が物足りない。せいぜい一週間分というところだろうか。
そういえば台車を見つけるために探索に行ったんだったよな……。結局持ってきたのはライトとかだけだけど。
……何か解決策はないものか。
とりあえず周りを見渡すと、先程エリーが話題にした扉が目に入る。………あれ?
「あるじゃん」
「ん?……どしたの」
エリーが疑問を投げかけるが、俺は返答の代わりに手招きし、二人してバックヤードに向かって行った。
そこには大量のダンボールと、無数の台車が置いてあった。
そう、ここは在庫が保管されている場所である。もちろん輸送のために台車を使っているので、ここにはそれが山ほどある。
「よし、これなら運べそうだな」
俺の呟きをよそに、エリーは興味深そうに一つ一つダンボールを眺めている。
「この箱たち全部に物資が入ってるの?」
「まあ物資というか、商品だな」
「ほえー……」
奇妙な返事を返すエリーを横目に手頃な台車を引っ張り出す。このくらいの大きさがあればほとんど運べるのではないだろうか。
エリーは箱を開けたりして、中身を食い入るように見ている。
「家の備蓄量とかも踏まえて、君の住んでる街はかなり潤沢なんだな」
「じゃあ、この世界の街とかはどんな感じなんだ?」
「少なくとも、これくらい充実しているのは少数側だよ」
日本だったらどこに行ってもこのくらいの物資はある。エリーのこの反応、この世界はそんなに厳しい状態なのだろうか。
「あ、これってあの容器に書いてるのと同じ文字じゃない?」
彼はしゃがんで一つのダンボールを見つめている。
「ん?」
そう言いながら横から伺うと、そこには[天然水]と書かれた複数のダンボールがあった。
エリーは俺の世界の文字を知らないため、あんな言い方になったのだろう。あの容器とは、多分ペットボトルのことだ。
詳しく見てみると、そこには到底運びきれなそうな大量の水入りダンボールがある。
「おお、すごいな……。こっちを運べるだけ運ぼう」
「了解」
俺たちはそれらを次々台車に置いていく。
「これからどうするんだ?組織メンバーも迫ってるっぽいし、もうこの辺りも危険だろ」
「うん。これからは街の外に行くことも考えないと」
街の外に行く……それはひとまず元の世界に戻ることを諦めて、安全な地を目指すということだ。
もともと安全な場所を目指してたわけだから、正しい選択ではあるのだろうけど……、少なくとも元の世界は遠ざかってしまうだろう。
「じゃっ、行こ」
エリーの催促に応え、俺は大量のダンボールが乗った台車を押し始めた。
スーパーから出て、来た道を戻る。気づくと空は明るくなり、気温も上がりつつあった。
行きと同様に恐竜が襲ってくる様子はない。ただ結構な重量の荷物も増えたため、余りハイペースで進めたわけではなかった。そして、無事マンション周辺に到着する。
多少の達成感を胸にその建物を見上げると……。
「なあ、エリー……あそこもあんなに壊れてたっけ?」
俺が指差す先は、普段の生活スペースの少し下、三、四階辺り。そこには何かに切り裂かれたように、大きな傷が出来ている。
「雪野……」
エリーは返答もせず、中に向けて走り出した。そして真っ直ぐ階段に向かい、先へ登っていく。
俺もその背中を追って、台車を外に放置したまま上へ向かう。
まずは最も可能性が高いであろう、俺たちが使う部屋がある四階。
「雪野……!」
エリーが一つ一つ部屋を見ていっているが、彼女がいそうな様子はない。
ここは彼に任せ、俺はさらに上へ向かう。敵のことも忘れて大声で呼びかけ、部屋も見ていくが、彼女の姿はなかった。
どうしようもなく下に降りると、三階の部屋の前でエリーが佇んでいるのが見える。
その部屋は、何者かに攻撃を受けていたところ。
中に入ると、そこには大きな斬撃の後、斬り込まれた線上のあらゆるものが切断されている。エリーは屈んでそれを調べる。
「……間違いない。組織メンバーの仕業だ」
「ほんとか……」
背後の俺は、絶望を感じながら立ち尽くす。恐竜ならまだしも、組織メンバーから逃げられる可能性はゼロに等しいだろう。
するとエリーは突然立ち上がり、俺の横を通り過ぎる。彼は振り返ると、いつも通りの様子でこちらを見た。
「行くよ、古谷」
「……行くって、いったいどこに…………」
「雪野のところにだよ」
そう言うと、彼は早歩きで部屋から出ていく。
「おい、ちょっと……」
俺はとりあえず追いかけ、階段を降り始めた彼に主張する。
「組織メンバーが来てるってことは……もう雪野さんは………手遅れ、なんじゃないのか?」
彼は足を止めることなく進んでいくと、ちらりとこちらに視線を向ける。
「いや、むしろ魔物じゃなくて良かったぐらいだよ。奴らの目的はあくまで心臓を回収することで、殺すことじゃない」
「そうか……なら、恐竜……魔物に捕食させる必要があるのか」
「そういうこと。急ぐよ」
彼は階段を駆け降りようとするが、俺は再度声をかける。
「なあ、もうここには戻れないだろ。荷物を持って行かないと」
「ああ……そうだね」
俺たちは四階の各部屋に入り、荷物を準備する。エリーでさえ焦るこの状況。雪野は相当危険な状態なのだ。
俺は必要最低限の物をリュックに詰めると、同タイミングで部屋を出てきたエリーと共に、マンションを出る。
「場所は分かるのか?」
「大丈夫。最終的な集合場所は把握してる」
そうか、エリーはつい最近……ていうか今も一応組織メンバーなわけで、知ってるのは当たり前だ。
「じゃあ最後に一つ、まだ雪野さんが生きてたとしてどうやって助ける?組織メンバーが集まる場所ってことは、死地に飛び込むようだものだろ」
エリーは足を止め、思考する。彼はいつでも冷静であり、感情のままに動くタイプじゃない。成功の確率がゼロに近いものに挑戦するということは絶対にしないはずだ。
今雪野を見捨てる判断をしないということは、勝機があるということ。
エリーは振り向き、その口を動かす。
「今回、雪野の救助は君に任せる」
………え?
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