第十三話 暗戦
俺たちはリュックをその場に置くと、再びスーパーの探索を開始した。
水を大量に運ぶため、台車のようなものを探す。
先をスマホのライトで照らしながら足を進めていると、ようやく食品が置かれた場所を抜けた。
こっちは猫が逃げた方向だ。この辺りは荒れた様子がなく、まるで日常の中に戻ってきたような感覚になる。ここはだいぶ奥側なので、人も恐竜も来なかったのだろう。
そして探索すること約十分。目当てのものは未だ見つかっていなかった。
「そろそろ戻ったほうがいいんじゃない?」
エリーが声をかける。物資調達にかける予定の時間は二十分。そろそろ切り上げたほうがいいだろう。早くマンションに戻ったほうがいいし。
「ああ、もう諦めたほうが良さそうだな」
エリーにそう返すと、俺は左手になった袋を揺らした。まあ、代わりに懐中電灯などのサバイバル用品を手に入れたからよしとしよう。
そう踵を返した時、周囲で再び物音が響く。またあの黒猫だろうか。俺はエリーに言う。
「どうする、一応確認しとくか?」
「いや、わざわざ行かなくてもいいよ」
俺は頷くと、荷物を置いた場所にまっすぐ向かい始めた。
が、物音はさらに連続して鳴る。その音はどんどん近づいてきてるように感じられた。
エリーもその気配を感じ取ったのか、足を止めて警戒し始める。
「恐竜なら、もっとでかい音が鳴るはずだよな……」
俺の言葉に、エリーは返事を返さない。ずっと無言で静止している。
「エリー?」
少し心配になり、前にいる顔を覗き込もうとすると、
突然彼が俺を押し倒した。
同時に鳴った爆音に驚愕しつつ、彼の体の奥に映る天井の暗闇に目を向ける。そこを横切る黒い影。
背中の痛みも忘れて、スマホのライトを影が行った方に向けた。
光に照らされた白い床の上には、鋭く長い牙を覗かせ、低い唸りをあげる一匹の獣。
俺は、エリーに手を引かれつつ立ち上がる。
商品棚を吹っ飛ばして襲ってきたそいつは、猫とは全く違う、犬の見た目をしている。いや、狼と言ったほうが正しいか………。
「あいつは、組織メンバーの使い魔だよ」
「使い魔?」
油断なく剣を抜くエリーは、同時に俺を自分の後ろに庇う。
「ようするに、やばいってこと」
そうか、やばいのか。俺は後ろでじっとしていたほうが良さそうだ。
「絶対離れないで」
「言われなくても……」
俺も腰の剣を抜くが、その切先は震えている。初めての実戦にしては相手が悪いかもしれないな……。
獣はそんな俺に容赦なく動き出した。こちらに向かって来るのではなく、向かって右に走り出す。
俺はその速さに対応できず、ライトは敵を見失う。
「な……!?」
視線を回してひたすら相手を探すが、全く捕捉できない。
そして棚に何かがぶつかる音、反射的にそちらを向く。
目の先には、赤く光る目と命を刈り取る牙。
「古谷!」
体は後ろに引っ張られ、エリーがその白い刃を振り抜いた。
刃と牙がぶつかる甲高い音が鳴り、獣が退がる気配。鈍い足音が再び辺りを駆け回る。
今のは剣を動かす暇もなかった。まず相手の視認が難しく、さらに攻撃は素早い。俺の力ではまともな迎撃は不可能だろう。
一定の間の後、背後からの衝撃。今度はエリーの方だ。器用に牙に斬撃を当て、退けている。
しかし防御はできても、反撃には至っていない。
流石の彼でも苦戦しているようだ。俺を守るのに結構な負担をかけているのだろう。
エリーに横に押される。耳元で響く剣戟の音。
思考を塞ぐように攻撃は続く。
今のところエリーが防いでくれているが、このままだとジリ貧だ。有効打を与えられない。せめて灯りがあれば……。
何度かの接触が続き、その度に命が削られる思いをしながら、打開策を考える。
魔術で援護するか?……いや、大雑把に撃っても邪魔になるだけだろう。明るくても当てられる自信がないし。
申し訳なさと自分の情けなさに思考が染まる。あれだけ訓練しても結局は役立たずのままだ。
……いっそのこと、俺が犠牲になるか……?そしたらエリーが自由に動ける。
別に絶対死ぬってわけじゃないし、俺が何かしないといけないわけで、でも何もできなくて……。
大丈夫、これくらいどうってことない。ここから離れるだけだ。全力ダッシュするだけだ。いや、でも離れすぎたら俺を追ってくる獣に、エリーの攻撃が届かないかもしれないから……、いい塩梅に……でもそしたら逃げきれずに…………、ああ!とにかく、やるしかない!
自分が囮になろうと足を踏み出しかけた時、エリーが動かした足が、俺の手元の袋を揺らす。
ふと、袋に入った物資に意識を向ける。そこにあるのは、保存食と、工具と……懐中電灯。
「エリー、ちょっと止まる!」
今までエリーに押されたらすぐ反応できるようにだけはしていたが、それすらやめて、しゃがんで袋を漁る。
「ふぅ……」
エリーはそう息をつき、より集中を高める。
今まで散々自分を倒してきたエリーの強さを信用し、俺は完全に作業に意識を向けていた。
役に立つかわからないけど、とにかくできることをやってみる。時折り周囲で甲高い音がなるが、目は向けない。
俺は懐中電灯を箱から取り出す。袋に入っていた三つとも全て。
相手の攻撃がより激しくなり、エリーの余裕が徐々に無くなっていく。しかし俺は手を動かすことしかできない。
そして乾電池を取り出すと、一つ一つ入れていく。こういう時に焦ってはダメだ。最速ではなく、それなりの速さで手を動かす。
手を滑らしながらも、焦りをできるだけ抑え、着実に準備していった。
準備終わり……!
俺は全ての懐中電灯のスイッチをオンにし、それらを等間隔になるよう周囲に投げた。
光が弧を描きながら飛んでいき、それらは地面に転がる。
光の線はそれぞれの方向に伸び、暗闇を幾らか埋めた。走り回る獣の足が、時折り姿を見せている。
俺は最後に、手に持っていたスマホを暗闇が目立つところに投げた。これでかなりの範囲が明るくなっただろう。
「……充分」
エリーはそう呟き、剣を握り直した。
俺も立ち上がり、再度警戒する。灯りのおかげで、相手の姿を目で追うことができた。
それでも見失いそうな獣を集中して目で追い、その素早さに食らいついた。
奴は急に方向を変え、直後、俺の方に飛びかかって来る。
俺はすぐさまエリーと場所を入れ替わる。目の前のエリーは、先ほどとは変わった構えをしていた。
獣が迫るその時、脱力した状態のエリーは相手に向かって踏み出し、牙に確実に剣を当てた。
昨日俺が使われたのと同じ、堅靭流の型だ。
獣は凄まじい反動に大きく吹っ飛ぶ。が、その分距離が空いた。迎撃をするには少し遠い。
構わずエリーは突進する。
その時、背後の俺は獣に剣先を定めていた。起き上がる最中の相手、今なら外しようがない。
「《
現状最も精度が高い、水属性魔術が放たれた。
水弾はエリーを追い越し、体制を整えかけた獣にクリーンヒットする。
怯んだそいつにエリーが到達。奴の牙より鋭いエリーの横なぎが、獣の首を飛ばした。
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