第十二話 探索
冷たい風が吹く早朝。
俺とエリーはひっそりとした街中を進んでいた。
マンションを出てから約五分。なんのトラブルに巻き込まれることなく、順調に歩を進めている。
エリー曰く、恐竜の活動時間は主に夜間であるため、この時間帯は寝ている奴がほとんどらしい。
昨夜は不安を抱えながら過ごしていたが、この様子だとその心配も無駄になりそうだ。
まったく……、その情報を昨日教えてくれていたら良かったのに。
久しぶりの外の開放感に思わず体をのばす。
「古谷、見えたよ」
俺の油断した行いに水を差すように、エリーが言った。
あれは全国展開している有名なスーパー。赤色の派手な外装がその存在を主張している。駐車場には、マンションの地下駐車場と違ってほとんど車がない。
まあ、転移したのは真夜中だったから当然か。
俺たちは敷地に足を踏み入れる。恐竜の姿は……今のところ見えない。
ここも他と違わず、恐竜や組織メンバーの魔術によって破壊された建物や、その瓦礫などがたくさんだ。
所々血痕のようなものも見えるが、やはり死体は一体も見つからない。一人残らず捕食、または協力な魔術で全身を消されたのだろう。
エリーからは、その際に心臓ごと潰してしまった人もいるとも聞いている。
まあ、心臓を集めるという組織の作戦は、上の命令で今も続いてるようだが。
今隣にいるエリーも日本人を殺してしまったのだろうか。確かエリーは街の外側からやってきたから、その可能性も低いかもしれない。
まあ、殺していたところで責めるつもりもないが。
とにかく、スーパーが無事だったのは奇跡と言えるだろう。
俺たちはスーパーの目の前にたどり着く。ガラスの壁から中を観察した。
手前部分はたくさんの商品などで荒れていて、棚などが思いっきり倒れている。まるで何かが暴れたような感じだ。
日光の入りにくい奥側は、電気がないため結構暗い。あまり様子は確認できない。
「……行くか」
唾を飲み込みつつ、壁伝いに入り口へ向かう。
すると、入り口の横に大きな穴。この大きさから推測するに、恐竜が作った穴で間違いないようだ。
逃げ惑う人を追ってこの中に入っていったんだろう。どうりで入り口に近いわけだ。
「これ……まだ中にいるんじゃないか?」
「どうだろうね。入ってみないことには分からないけど…………あ、そうだ」
エリーは何やらゴソゴソしだすと、胸元のローブの留め具を外す。そのままローブを取ると、俺の方に差し出してきた。
「これ、古谷が使いなよ」
それは致命傷を一度無効化できる魔道具、羽衣。
是非ともそれで身を守りたいが、俺は受け取らなかった。
「それはエリーが使っといてくれ。俺よりもお前が死んだほうが困る。雪野もいるからな」
「………まあ、確かに」
彼はそう言うと、大人しく羽衣を付け直した。意外と素直に聞いてくれて助かる。
すると、エリーは躊躇なくその穴に足を踏み入れ、周りをキョロキョロと見回す。
「大丈夫なんだろうな……」
不安を感じながらも、俺はエリーに続く。恐竜と戦う覚悟は昨日のうちにできているのだ。今更ビビってもしょうがない。
「エリー、向こうに飲料水があるはず」
俺は経験則から大体の目安をつけて、エリーにその場所を伝える。
彼は地面に転がる商品を気にせず、ズンズンその方向へ向かっていった。俺は使えそうな物資を拾ってリュックに入れながら、彼の背中を追う。
奥に進むに連れて視界は悪くなっていった。俺はほとんど時計の役割しか果たしていなかったスマホを取り出し、ライトをつける。充電は半分を切っているが、まだまだ大丈夫だろう。
奥の方には見慣れた飲料水コーナーがあった。
俺たちは早歩きでそこに向かう。
が、同時に大きな物音が屋内に響く。その方向は正面、目的地付近だ。
何かが落ちた?……としか思えない。自然に起こったとしたら、いくらなんでもタイミングが悪すぎる。
「気をつけて」
エリーは同時に剣を抜く。それに倣って俺も左腰に手を伸ばした。
俺たちは慎重に歩き始めた。まだ全然涼しい時間帯だが、手汗はどんどん滲んでいく。
そして曲がり角に到達、おそらくこの先が音の発生源。
前を歩くエリーは一度そこで立ち止まる。しかしそれは一瞬で、彼は剣を構えながら道を曲がった。
すると、彼の体は加速した。何かに対して大きく踏み込んだのだ。
俺は曲がり角に消えたエリーを追って、そこを慌てて曲がる………。
そこには何かに対して剣を振り抜きかけているエリーの姿。しかしだいぶ姿勢が低く、まるで小さなものを攻撃しているような……。
俺はその正体を突き止めるため、離れた位置からエリーの横に並ぶ。
エリーの剣が寸止めされているそこには、小さな物体、いや生物、いや動物…………猫がいた。
「…………早とちりだったみたいだ」
彼はそう言って剣を納める。
怯えた表情の黒猫は、こちらから逃げるように去っていた。物音の原因はあいつか。
「ふぅ、ひとまず良かったよ。凶暴な奴じゃなくて」
「動くものにすぐ反応してしまってね……」
エリーは結構猫っぽいらしい。こっちの世界にも猫じゃらしがあるのだろうか。
あったら是非彼と遊んでみたい。
俺たちは二リットルの水が入ったペットボトルを、入る分だけリュックに詰め込んでいた。
「それにしても、こっちで小動物を見るのは初めてだな」
「うん、ほとんどは虐殺に巻き込まれちゃったんだと思う。あの猫も結構貴重な存在かもしれないね」
そういえば、エリーの言動から察するにこっちの世界にも猫はいるのだ。まあ、別に不思議なことではないか。俺の世界にも元々恐竜は存在してたし。
大体水は詰め終わったが、まだまだたくさん残っている。手間を考えると、もっと持って帰りたいものだが。
少し考えると、台車を用いることを思いついた。結構大きめのスーパーだから、多分どっかにあるだろう。
「エリー、ちょっとそこまで行ってくるよ」
俺は座って荷物整理をしている彼に声をかける。
「待って。一人じゃ危ない」
「大丈夫。敵がいそうな感じはしないし、いてもこれがあるからさ」
そう言って腰の剣を大胆に叩く。そうおちゃらけて見せたが、エリーの表情は硬いままだった。
「古谷、俺のいうことを聞いてくれ。頼むから」
彼の瞳は俺を静かに見つめる。決してそらすことのできない、強い意志のこもった視線を向けながら。
この雰囲気、俺はその言葉を無下にできる筈がなかった。
「ごめん。油断は禁物だな」
エリーは軽く微笑んで頷くと、俺の手を取り、立ち上がった。
その後、俺はエリーに人生史上最大の感謝をすることになる。
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