第十一話 剣術
それから一週間。俺たちは三人揃って訓練をしていた。未だ雪野は魔術を撃つことができてない。
そのこともあってか、エリーはランニングや筋トレなどの体づくりの運動を増やすように言った。
撃てなければ上達も何もないからな。
それら基礎トレーニングは、朝や夜などの涼しい時間帯に行われる。早起きの日々が続いたおかげか、多少朝には強くなったみたいだ。
今日もいつも通り体を伸ばしつつ、ランニングに励む。
無駄な筋肉がついても困るからという理由で、トレーニング時間の半分以上はそれで埋まっていた。
今回は珍しく三人一緒だ。
「よし、雪野。今日からは違う属性も試して行こう」
エリーはその銀髪を靡かせながら、余裕そうに話す。やはり男か女か分からない。
「は、……はい、…………そうし、ます」
対して雪野は息を切れ切れにしながら答える。
違う属性……。水属性は最も簡単らしいが、俺で言う雷属性のように雪野の苦手属性かもしれない。だからエリーはそのような提案をしたのだ。
「雪野さん、頑張ってね」
「はい……、もちろん…………、です」
俺も最近持久力がついてきた。このように余裕で会話をするくらいには。
「はい。終了」
その後エリーの掛け声でランニングが終わった。三十分間結構なペースで走るので、かなり疲れる。
ちなみに俺には第二セットが残っている。
「エリーはまだ走るのか?」
「ん、俺はいいよ」
少し高めの声でそう言うが、一人称は俺。やはり性別は分からない。
「いってらっしゃーい」
休憩後、エリーの棒読みの見送りの後、俺の第二セットが始まる。
同時に雪野は魔術の訓練だ。
俺はその様子を周りを走りながら眺める。
「じゃあ、今日は火属性をやって行こうか」
「はい」
エリーはそう言って自分の剣を渡す。雪野はそれを慎重に扱うと、自分の右手に収めた。
「よし、詠唱は《
雪野は剣を前方に構える。彼女の姿勢はとても綺麗で、今にも強力な魔術を放ちそうだったが、
「………《
…………うん。不発だった。
「はぁ……」
盛大な溜息、元から期待していなかったようだ。
「どう、何か感じる?」
「……何も感じません」
「うーん………」
沈みゆく雪野と、考える男エリー。いや、女か?まあいい。とにかく雰囲気はあまりよくなかった。
「まあ、続けてみよう」
「はぃ」
その後も魔術を撃つ様子はなく、ただ雪野の語尾が小さくなっていくばかりだった。
昼食の時間。最後の秋刀魚を真剣な顔で噛み締めるエリー(結局五個とも彼が食べた)と、沈んだ顔で溶けた麦チョコを摘む雪野。
このアンバランスな空間で一人、俺はカップ麺を啜っていた。ガスコンロが見つかったのでお湯は沸かせる。シャキシャキの生野菜が恋しい。
「雪野さん、水ってもう、あんまり残ってなかったよね」
「………え? あ、はい。そうですね……。後一週間分くらいかと」
この反応の悪さを見るに、相当ショックを受けているのだろう。
「エリー」
「ん?」
最後の一切れをどこか幸福そうに口に運ぶエリー。そろそろ彼にサバ缶の存在を伝えるべきだろうか。
俺は続ける。
「近い内に外に物資調達に行ったほうがいいんじゃないか? ここの物資もほとんど集めたし」
「んー、そーだな。………じゃあ、一緒に行こうか」
「いいのか?」
「物資運ぶんだから人手も必要」
とうとう、恐竜相手に魔術を使う日が来たか。実践に慣れるためにはちょうど良い機会だろう。ただ、問題なのは……。
「でも、雪野は連れて行けない……な」
エリーが小さく呟く。ちょっとタイミングが悪いな……。
「あ、ああ……二人で行ってきてください。私を気にする必要はないです。……というか、むしろ私だけ安全な所にいるんですから申し訳ないくらいですよ」
そう言ってくれるとありがたいが、結構心配だ。しかし、物資が必要なこの状況で余計に気を遣ってもなんだかんだ迷惑をかけそうだ。ここはそっとしておこう。
「じゃあ、古谷。午後にいろいろ確認するから」
「わかった」
雪野は二袋目の麦チョコを開けているところだった。
さて休憩時間も終わり、さっそく明日の準備に取り掛かる。俺とエリーは再び地下駐車場へ来ていた。
「行くところはここから約十分のスーパー。それはいいな? あ、スーパーってのは日用品が売ってる店のことだ」
「うん、そこなら大量に物資があるんだよね?」
「他に生存者がいない限りはな」
俺たちはここから程近いスーパーに探索に行くことにした。エリーの事前の偵察で、恐竜に破壊されていないことは確認できている。
建物が生きてる以上、物資がないなんてことはないだろう。
主に心配なのは、恐竜が蔓延るその道中だ。
「エリー、俺の魔術って、あいつらにどれくらい通用するんだ?」
「んー、単純な基礎魔術だったら有効打は与えられないと思う。あいつらは硬めの魔物だから」
「工夫してどうにかは……」
「いや、属性の組み合わせとかは上位以上の魔術を使わないと難しいし……まあ、退けることだけを考えてればいいと思う」
「おーけー……」
つまり、倒せはしないけど怯ませることはできるということだ。俺の役目は完全に後方支援になりそうだな。
俺たちは雪野が見つけた周辺マップを見て、大体の経路を確認していた。
その場所はより中心部に近いため、全ての恐竜を避けるのは難しいだろう。
所要時間は一時間。行き来で四十分、物資集めで二十分の予定だ。一人残る雪野のことを考えると、とにかく早い方がいい。
エリーの力があれば一瞬で倒せるとは思うが、今回は圧倒的に数が多いと予測される。そうサクサクとは進めないだろう。
「じゃあ最後、剣術の確認だけしとこうか」
「ああ、大丈夫かな……」
俺たちはそう言いつつ、腰の剣を抜き、間合いを保った。
魔術を専門に使う人でも、やはり最低限の剣術は学ぶ。近距離で戦う時は基本的には剣術の方が強いからな。迫られた時の防御手段があるに越したことはない。
俺は両手で剣を持ち中段に、エリーは片手で剣を持ち下段に構える。
剣術には大きく三つの流派がある。
攻めが主体の誠剣流
守りが主体の堅靭流
変則的な乱華流
エリーが主に使うのは堅靭流と乱華流だ。あんなに素早いのに、攻めの誠剣流は余り使わないらしい。
そして俺が教えてもらっているのは堅靭流。
俺はその中でも基本的な型を習得していた。
脱力し、腕の力をできるだけ抜く。準備はできた。
「行くぞ」
始まったのは剣術オンリーの模擬戦。真剣を使うので、もちろん寸止めだ。俺に正確に寸止めをする能力はないが、そもそもエリーに刃が届くことはないので問題ない。
エリーが足を踏み出し、剣を逆袈裟に斬り上げてくる。
それは単純ながらも、真っ直ぐで勢いのある斬撃。
俺は剣を横にして防ぎつつ、バックステップで相手の力を流す。すぐさまサイドステップで、相手の右側、聞き手の反対側に移り、攻撃を仕掛ける。
エリーは即座に反応し、こちらより出の速い突き攻撃を放って来た。
俺は斬撃の軌道を体から剣に変え、それをかろうじていなす。
そのような紙一重の防御が続き、全く攻める機会を与えてくれない。
「くっ……」
ここでやるべきなのは距離を取ること。このままペースを持ってかれたら一瞬でやられるだろう。どんどん集中力が削がれていく。
このままじゃどうしようもない。俺は相手の猛攻を止めるべく、力任せに大振りの斬撃を放った。
その時、エリーは動きを止める。
あっ………まずい。
一見無防備に見えるが、それは剣術の型を使う前の兆候だった。
力んだ俺の攻撃は、今更その勢いを殺せない。
俺の斬撃が当たる直前、エリーは全体重を乗せて踏み込む。
相手の剣に当たった俺の剣は、まるで自分の力がそのまま返ってきたかのように、大きく跳ね返された。
俺は堅靭流の基本の型を使われたのだ。
気づいた時には首に剣先。完全なる敗北だった。
「はぁ…」
俺はどっしりと尻餅をつく。右手首が痛い。
「あの強気の攻撃がフェイントだったら良かったけどね」
「そうですか……」
エリーは表情を変えずにそんなことを言う。俺は焦って無謀な行動に出ただけだった。近接戦闘の駆け引きにおいてはまだまだ未熟だ。
それにしてもエリーの型は完璧だった。一つ一つの動作に無駄がなく、コンパクトな動作で圧倒してくる。時には美しさを感じるくらいだ。
……エリーはやはり女性なのだろうか?
「まあ、何かしただけマシだよ。あのままだったら勝ち目無かったし」
「で、俺は探索に参加できるのか?」
俺は剣を鞘に収めつつ、立ち上がりながら尋ねた。
「あれだけ守れたら大丈夫だと思う。そもそも近距離戦にならないように立ち回るのがベターだからね」
不安は残るが、エリーの強さだけは信用できる。ここは大船に乗ったつもりで行こう。
……この背中を預けれる感じ、まさに頼れる男だ。
やっぱりエリーは男性?
エリーも同様に剣を収めると、階段に向かって歩き始めた。準備はこれで完了だ。
「あ、エリー」
「なに?」
彼、もしくは彼女は緩やかな動作で振り向く。
俺は不思議と緊張を感じながら、その質問をした。
「なんか、今更のことなんだけど……エリーさんはその…………性別はどっちなんでしょうか?」
なぜか今まで発生しなかったこのイベント。とうとう俺は足を踏み出してしまった。
いや……雪野は既に気づいていると言う可能性。それ以前に俺の目が腐っていると言う可能性。やばい、俺めっちゃ失礼なこと聞いたかもしれない。
そもそも多様性が問われる現代、この質問はマナー違反ではないか!?
でもここは異世界で……、ああ、もう!とにかく…………。
脳内が慌てふためく中、目の前の人物はいつもの無表情のままで視界に映っている。
「分からなかった?」
「え、いや……えっと…………」
エリーは一歩こちらに近づくと、その口をゆっくりと動かす。
「どっちだと……思う?」
「おん……と……こ…な?」
「どっちだよそれ」
エリーは軽く微笑みながら言った。
………俺は何も返せない。
エリーはその綺麗な顔をより一層近づける。俺の心臓は高鳴る。そして耳元で囁かれた。
「……秘密だ」
…………………秘密だった。
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