第十話 生活

 俺たちは九階あるマンション(破壊される前は十五階あったらしい)の四階部分で生活していた。


 同じ階層の三つ隣同士の部屋を一人一部屋使っている。

 

 食料は雪乃が管理していて、基本俺の部屋に集まって食事する。エリーの偵察や、物資調達についての報告をするためだ。

 

 ちなみに俺の仕事は強くなること。なんだか恥ずかしい立ち位置だが、ちゃんと必要なことだ。俺も外を探索できるようにしたいからな。

 



 階段を登り続けて、ようやく五階に到達する。ちなみにこんな中途半端な階層にしたのは、監視のしやすさと逃げやすさのバランスをとった結果だ。

 

 そして三人は三つの部屋の内、真ん中……俺の部屋に入る。食事場所がここになった理由は言う必要ないだろう。

 

 さっそく昼食の用意をする。といっても、缶詰を出し、割り箸を出し、生温い水を紙コップに注ぐだけ。

 

 水道は使えない。もちろんガスや電気などの全てのライフラインは機能していない。

 

 さっさと準備を終わらせると、もう何度目かの秋刀魚の缶詰を開けた。俺の顔はさぞかし曇っていることだろう。

 

 対照的になんだかわくわくしているエリーは缶詰を開けつつ、話を始めた。


「食料は後どのくらい残ってる? 特にこのサンマって奴」


 雪野は少し記憶を巡らすと、ハキハキ答えた。


「あー、はい。パスタが数袋と、カップ麺が結構な数。あと、お菓子類もかなりありますね。水の消費は結構激しいですけど、まあ、当分は困らないと思います。……あっ、秋刀魚は後五個くらいあったと思いますよ?」

 

 雪野は苦笑気味にそう付け足す。 


 エリーはその言葉に過敏に反応した。


「その内の三……いや二個。俺がもらってもいいか……」

「あ、どうぞお好きに」

「はい、別に三個食べてもいいですよ?」

「言質はとったぞ」

 

 どこか嬉しそうなエリーを横目に見つつ、俺は雪野に尋ねる。


「あと調べ終わってない部屋はどれくらいだ?」

「えと、六階から上の三階層ですかね」

「おっ、すげえ早いな。雪野さんもそろそろ魔術を教わったら?残りは俺がやるからさ」

「どうですかね……」

「エリー、お前はどう思う?」 

 

 俺はすでに秋刀魚を食べ終えていたエリーに聞く。とても満足そうだ。……いや、ちらちら俺の秋刀魚を見ている気がする。


「ああ、いいと思うよ。ただし、古谷も参加して。途中で訓練を辞めるのは悪手だし、物資に余裕もあるんだから」

「あ、ああ。分かった」

「雪野も、明日から来てね」

「はい。分かりました」

 

 そして流れるように次の話題に移る。エリーの偵察についてだ。


「外の様子は依然変化なし。相当細かく生き残りを探してるようだね」

 

 エリーは毎日ここの周辺を偵察しているが、二週間以上経っても特に変化は確認できないようだ。つまり、組織の連中は外周部分の探索にかなり時間をかけていることになる。

 

 こちらとしてはありがたいが、まだ生き残りが居たとして、救出に向かえないのは少し胸が痛い。

 

 こっちには雪野もいるし、俺もまだまだだ。エリーも俺たちを置いていくわけにはいかない。

 

 ………俺ができることはただ強くなることだ。早く恐竜くらいは倒せるようにならないと。

 

 俺はさっさと食事を終えると、エリーに声をかけて再び地下に行った。

 

 その日は午後も同じようにしごかれ、打撃を受けた肩をさすりながら眠りにつくことになる。



 

 翌日、俺が地下駐車場に向かうと、そこには少し懐かしいジャージを着た雪野の姿があった。


 最近はマンションの部屋にあった服を拝借していた彼女だが、訓練と聞いてわざわざジャージを着てきたのだろう。


 朝に弱いらしいエリーの姿はまだない。


「おはよー」

「おはわぁ……よう、ございます」

 

 あくびを噛み殺しながら言う彼女の頬は少し赤らんでいた。彼女もあまり朝は強くないらしい。

 

 まあ、


「はわあぁ……」

 

 俺もだが。


「とりあえずランニングでもしようか」

「はい。そうしましょう」

 

 俺たちは駐車場の中をゆっくり走り始めた。この世界は夏のように暑い日中に比べ、朝と夜は結構涼しい。日によっては肌寒く感じる時もある。

 

 今日はその日だった。俺たちは息を多少荒くしながら、ペースを上げていく。冷え気味の体がほてって来る感覚が心地よい。


「なん、か……こうしてると……、嫌なこと、忘れて……、きますね」 

「うん。けっ……こう、……いいかも」


 途切れ途切れする会話の中で、俺たちの親交は徐々に深まっていった。


 ある程度時間が経つと、エリーがまだ開ききっていない目をしゅぱしゅぱさせながらやって来た。


 俺たちはそれを合図に足を止める。かなり汗だくだった。ここまで健康的な汗を流したのはいつぶりだろうか。今まではどっちかと言うと冷や汗ばかり流していた。

 

 俺は雪野が余分に持ってきてきていたタオルを受け取り、汗を拭う。


「おぉ……、走ってたの?」

 

 エリーが未だ眠そうな表情で聞いてくる。今なら勝てるかもしれない。まあ、彼に不意打ちを仕掛けるほど怖いもの知らずではないが。


「じゃあ、十分くらい休んでて。それから始めよう」

 

 エリーはそう言いつつ、気怠そうに車にもたれ掛かって目を閉じた。


「寝てないよな………」



 

 休憩後、さっそく雪野の訓練を始めた。今は俺が持っていたエリーの予備の剣を渡している。


 魔術のコツ。それは詠唱と同時に感じる体の内側の魔力の波を、うまく剣まで伝えることである。これは完全に感覚、つまりイメージの問題で、理屈で説明するのは難しい。


 しかし一度だけでも使うことができたら、俺のように一瞬で身につけることができるだろう。


「《水撃スプラッシュ》………………《水撃スプラッシュ》!!」


 彼女は何度も詠唱しているが、まるで魔術が出るような感じがしない。やはり苦戦しているようだ。


「あの、エリーさん。まず、その波とやらが全く感じられないんですが」

「本当? 胸の奥が揺れるような感じとか、暑いものが込み上げるみたいな感じしない?」

「―――まったく………………」

 

 あの様子を見る限り、やはり調子は良くなさそうだ。まあ、俺の時みたいに時間が解決するかもしれないし、気長に待つ方がいい気がするな。

 


 

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