第九話 訓練
「《
豆だらけの手に持った剣の先、赤い炎が灯り、それは鋭い槍の形に変化する。
生成された炎の槍は、その熱を放射させながら、矢のように飛翔した。
狙う先には、自然な構えで待ち受ける小柄な人物。
「《
相手が使った魔術は水属性。こちらが放った火属性魔術を相殺するのが目的だ。
互いの魔術は中央でぶつかり、蒸発するような音を上げながら一定量の煙を発生させる。
このまま待機した場合、再び魔術の打ち合いが続くだろう。しかし、技術などのあらゆる面で劣る自分にとって、長期戦では勝ち目が薄い。
俺は発生した煙を横目に捉えつつ、影に隠れて斜め前方向へと前進した。
これは相手が相殺して来るのを読んだ上での行動である。とにかく相手の不意をつくために動くのだ。
俺は停めてあるの車の影に滑り込んだ。
未だ煙は晴れておらず、おそらく相手はこちらの行動に気づいていない。
俺は体を半分横から出し、相手がいた方向に当たりをつけると、広範囲に攻撃できる風属性魔術を詠唱する。
「《
風が剣先で渦巻き、徐々に凝縮する。最大限まで溜めた後、それは一気に解放された。
鋭い風の波が飛ばされる。
煙を散らしながら進むそれは、周りの車を揺らしながら飛んでいく。さながら台風時の突風のようだった。
相手が風に巻き込まれ、抵抗する余地もなく吹っ飛ばされる………。そのような、自分が想像した光景は表れなかった。
煙が晴れた先、そこには誰もいない。
「……!? どこに……?」
追撃の水属性魔術を準備していた俺は呆気に取られる。左右どこを見ても、その気配を感じることができない。
いったいどこに…………。
その時、一つの予感がよぎる。こういうパターンは大体………………。
その時、背後から何かがぶつかるような物音。
「後ろか!」
振り向いた先には誰一人いなかった。
「上だよ」
その声が聞こえた時にはもう遅い。
「グハッ…」
俺は魔術を撃つ暇もなく、背中にクリーンヒット(物理)を受ける。抵抗の余地もなく、一瞬で地面に押さえつけられていた。
うつ伏せのまま上げた視線の先、よく見たらどこかで見たことのあるナイフが転がっている。物音の原因はエリーが投げたナイフだった。まんまと騙されてしまったらしい。
そして、天井に張り付いていた彼に頭上から攻撃されたのだ。ローブが暗い色をしているのもあって、見つけられなかった。
俺、古谷奏斗は、先の戦いを思い返しながらそのナイフを忌々しげに見つめていた。
「だいぶ良くなったんじゃない」
未だ俺の背中に乗り続けるエリーは、本当に良くなったのかと疑わせる、関心のなさそうな口調で言う。
「……具体的には?」
「攻めがわかりやすくなった」
「え、それってどっちかっていうと悪いことじゃ?」
エリーは俺の上で足を伸ばし、楽な姿勢になる。…………そろそろどいてくれないかな。
「そうでもないよ。攻めが分かりやすいということは、相手に自分が攻めるという意思が伝わるということ。それは大技かもしれないし、特殊な対処しずらい攻撃かもしれないし、逃げるためのフェイクかもしれない……。つまり、相手に思考させることで、戦闘における余裕をなくさせることが出来る」
なるほど。相手に心理的な不安を抱えさせて戦況を有利に運ぶのか。
まあ、さっきの俺みたいに完璧な対処をされたら即死だけどな。
「魔術の精度や使い分けも上達したんじゃない? かなりセンスある方だと思うよ」
うん。それは割と胸を張って言えるかも。
約二週間前、マンションに着いて、ひとまずの拠点を用意できた俺たち。
エリーの提案により、俺と雪野の強化……つまり訓練を始めることにした。元の世界に戻るための手がかりを求めて、安全に街の探索をするためだ。
別にこの場所が絶対的に安全とは言い切れないので、どっちみち自己防衛はできた方がいいだろう。
最初に《
それからはコツを掴んだのか、他属性はほとんどが一時間以内の練習で使うことができた。
今は雷属性を除いて、他の基本属性、水、火、風、土は問題なく使うことができる。
雷属性も放つだけなら可能なのだが、制御が難しくて安定しない。
ここ一週間はそれの練習と模擬戦、あと、今日から剣術も教えてくれるらしい。近接形のエリーにとってはそっちが本業だ。
ちなみに雪野については、先にマンション内の物資調達を頼んだ。下の階層の部屋は壊されていないため、まだ物資は残っている。
しかし生存者は確認できなかった。たまに窓ガラスが破壊されていて、血痕がついてる部屋もあった。
死体は確認できなかったが、おそらく恐竜に捕食されたのだろう。もちろん、他の部屋はエリーに危険がないか一度確認してもらっている。
彼は俺の背中からようやく離れる。
「じゃあ、もう一戦行こうか」
「うい」
背中をさすりながら立ち上がり、倒れた時に落とした剣を拾い上げる。
この剣はエリーの予備のもので、その大きさや形は彼が愛用しているものとほとんど同じだ。
表面の輝きは少し青みがかっていて、透き通っているような感じ。見た目だけでもその性能の良さが分かる。
俺はようやく手に馴染んできたそれをしっかり握り、次の模擬戦に挑もうとしたその時、
「そろそろ昼食にしたらどうですかー?」
それなりに広い駐車場に女の子の声が反響する。雪野だ。
エリーが話しかけてくる。
「どうする?」
「俺は早く休憩したいんだけど……」
「そう? もう一戦だけ――」
「ツカレマシタ……」
「あー、うん。分かった」
つい最近まで運動不足だったため、俺の体力はエリーと比べて雲泥の差がある。
多少はついてきたと思うけど、集中して戦えるのはせいぜい五、六戦くらい。
「今行くよ」
雪野に返事を返すと、筋肉痛で軋む足を半ば引きずりながら階段に向かった。
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