第八話 優しさ

 そうして話がひと段落した時、周りにはビルなどの高い建物が増えていた。といっても大半は先の攻撃により大破している。

 

 目標のマンションまでだいぶ近づいてきたのだ。遠くの方には群れている恐竜の姿も見えるが、マンションの場所はギリギリ安全圏だと思われる。


 ここら辺はそれなりに人口が多かったと思うが、人は全くいない。

 

 いつもとは違う光景。空の赤さも相まってかなり不気味だった。

 

 俺たちはより一層、慎重に歩を進める。


 沈黙を破ったのは雪野だった。


「エリーさんは、私たちと一緒に居て大丈夫なんですか?」

「ん?」

 

 エリーは雪野に視線を向ける。


「エリーさんたちは私たちの心臓を手に入れるためにここにいるんですよね? そんな攻撃対象に協力する行為は裏切りに当たるんじゃないですか?」

「あー……まあそうなるね」

 

 エリーはいつもの平坦な口調で答える。まるで興味がなさそうだ。


「いやそれって結構まずくないか……組織っていうくらいだから、それなりに人はいるんだろう?」 

「今回来てるのは二十人とかだったかな」

 

 エリー級の超人が二十人。遭遇したら〈死〉以外の未来はないだろう。


「できるだけ見つからないように行動していけば大丈夫。そのためにわざわざ中心の方まで来たんだから」

「そうは言ってもな……」

 

 組織のメンバーは間違いなくこのあたりにも来るだろう。恐竜から心臓を回収する必要があるからな。


「不安ですね……」

 

 雪野はポツリと呟く。当たり前のように存在していた安全が不意に奪われた現状。死と隣り合わせの数時間は、今までのどんな時間よりも長く感じられた。


「不安なのはいい事だよ。他人に頼ってばかりいたら成長できない。その相手に裏切られた時、見放された時………そいつはすぐに命を落とす。けれど不安に思っているなら、その嫌な感情を消すために行動できるはず……成長できるはずだよ」

 

 エリーは何かの思いを巡らしていた。平坦な口調の中にも、何かしらの想いがこもっているように感じる。


「はい……」

 

 雪野はそれだけ返すと、少し足を早めた。いつもよりも近い位置を歩く。警戒心が多少は薄れたのだろうか。

 

 こうして、距離が縮まっていく中、俺にはどうしても確認したいことがあった。ずっと気にしていたことをエリーに問う。


「どうして、そこまで危険を冒して協力してくれるんだ?」

 

 戦闘能力のない俺たちを助けるというエリーの行動。それはどう見てもハイリスク、ローリターンで、一見なんの利点もないように思える。

 

 唯一拳銃という強力な武器はあるが、一度その性能を見たエリーなら問題なく対応できるだろう。つまり奪おうと思えば簡単に奪えるのだ。

 

 俺はまだ、信用できない。エリーの本当の目的を知るまでは……。

 

 俺は足を止めて、ふと、顔を上げた。その先には大部分が倒壊しているマンションがある。俺たちが目指しているやつだろうか。雪野に確認すると、彼女は頷きを返してきた。

 

 俺はいまだ返答をしないエリーに視線を向ける。疑いはより深くなっていた。

 

 エリーは俺の視線を感じると、相変わらずの無表情で数歩進んだ。

 

 あのマンションを眺めながら、静かに口を動かす。



「幸せの秘訣は、優しくなること…………」



 その声は、しんと、雪のように舞った。

 

 俺はその光景を外側から眺める。近くにいるはずなのに、空間には一人、儚い結晶だけが存在していた。


  結晶、エリーは自然な動作で振り向く。


「それが俺の、生きている意味だからかな」

 エリーは以前と変わらない仏頂面で俺の問いに答えると、再び歩き始める。

 

 目的地は目の前だった。

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