第七話 魔術

 俺たちは安全を確保するため、もともと行こうとしていた地下駐車場のあるマンションへ向かっていた。


 それは街の中心側に位置している。


 なぜわざわざ恐竜が向かっていた中心部に行くのかというと、外周部にはエリーと同じような戦闘員が配備されているらしいからだ。恐竜の取りこぼしがないか確認するためだろう。

 

 そう。俺と雪野は最初から詰んでいたのだ。

 

 その道中、俺は魔術についてエリーに説明してもらっていた。


「基礎的な部分から説明すると、魔術っていうのは体の中に存在する魔力……魔素を操る力を利用して使う技のことだ」

 

 エリーは手をパーの形にして、こちらに見せてくる。


「基本的な属性は水、火、風、土、雷の五つ。これらは神が作ったとされる、大昔から使われていた属性だ。俺がさっき使ったやつは風属性の基礎魔術。段階的には基礎、上位、特級、真聖の順番で強力になっていく。もっとも、真聖の魔術を使える人は世界に数えられるほどしかいないらしいけど」 

 

 エリーは腰から剣を抜いた。俺の体は自然と一歩離れる。エリーはそれを気にする様子もなく、説明を続けた。


「生物はこういう魔石を通じないと魔術を使うことはできない」

 

 エリーは刃の根本部分にある、宝石っぽいものを指差す。あれが魔石なんだろう。


「人間はこんなふうに剣に魔石を埋め込んで使うのが普通で、この剣自体も魔力を伝達できる特殊な金属で作られている。伝達率が高い金属は貴重だけどね」

 

 なるほど、RPGでいう杖みたいなものか。というか魔術の設定自体ゲームみたいな感じだ。


「魔物も同じように魔石が必要で、だいたいは体のどこかに埋め込まれてる。まあ、魔物が使ってくるのは魔術ってよりも属性攻撃って感じだね。火を吐くとか、風を操るとか。もちろん魔石を持ってない、つまり属性攻撃を使えない魔物もいるよ。さっき倒した奴もね」

 

 火を吹く怪獣……じゃなくて恐竜なんてまさに某映画のアレだろう。まっぴらごめんだ。

 

 あ、そういえば……


「あの傷が治ったのも魔術なのか?」

 

 俺がエリーの額に拳銃で穴を開けた時、その傷は謎の光とともに一瞬で治った。


「あー、あれは魔道具だよ」

「魔道具?」

「この世界には魔力を注ぐことによって特殊な効果をもたらす道具がある。それが魔道具」

 

 マジックアイテム的な類いの物だろうか。

 

 エリーは着ているローブを触る。


「そしてこのローブがその効果を持つ魔道具で、羽衣と呼ばれている。戦う人はみんな着てるかな……。具体的な効果としては、使用したときの体の状態を記憶して、致命傷を受けた時にその状態に戻る。つまり、俺はあの時普通だったら死んでた」

 

 その時、俺はエリーを殺していた、というか致命傷を与えていたという事実より、その魔道具の強すぎる効果に驚いていた。


「は?それって絶対死なないってこと?」

「一度限りね。強力すぎる性能をしているからか、効果が発動した時に体内の魔力の半分以上が消費される。そしてどんなに性能のいい羽衣でも再使用に一時間くらいかかるから、一度の戦闘で複数回使うのは無理だよ。そして発動する条件の〈致命傷を受ける〉というのには例外が存在していて、それは心臓を破壊された時。心臓は魔力の源だから、その時は効果が発動する前に死んでしまう」

 

 なるほど。その分ちゃんと代償もあるのか。まあ強力なことには変わらないけど。


「古谷の世界にも魔道具はあるんだよね」

「うん?」

 

 エリーの視線は雪野の方へ向いていた。

「えとー、これのことですか」

 

 彼女が取り出したのは拳銃。ああ、確かにこんなに強力な魔道具が……的なことを言ってたな。


「これは魔道具とは違うよ」

「そうなのか?」

「ああ、これは火薬を利用した武器で……俺も詳しくは知らないけど、強力な弾丸を飛ばせる。魔力とかは一切使っていない」

 

 エリーはじっと、雪野の手にある拳銃を観察する。


「君達の世界の文明は発達しているんだな」

「さあ、どうかな……」

 

 ひとまずこの世界に銃的なものが存在しないことがわかった。覚えておこう。

 

 エリーは拳銃から目を離すと、再び魔術の解説を始めた。


「話を戻すけど、魔術を使うには詠唱が必要になってくる。例えば………」

 

 エリーは足を止め、瓦礫の山に剣を向けた。


「《水撃スプラッシュ》」


 エリーがその言葉を発した途端、剣の先には水の塊が生成され、同時に発射された。それはかなりの速さで飛んでいき、瓦礫に炸裂。その欠片があたりに飛び散る。

 

 水圧洗浄機でもああはならないだろう。水とは思えない恐ろしい威力だ。


「こんな感じ」

「今のって基礎魔術?」 

 

 エリーはいつものすまし顔でこちらを見て頷く。

 

 基礎魔術でこの強さか……。


「すごいですね……」

 

 雪野は少々怯えながらそう言った。あの力が町の破壊に使われたと思うと、彼女の感情にも納得がいく。


「それって、俺たちにも使えたりするか?」

「詠唱を言うだけじゃないからコツは必要だけど、慣れれば基礎魔術くらいはすぐに使えるようになると思う。ていうか使えるようなってくれないと困る。俺一人じゃ守りきれないから」

 

 違う世界から来た俺たちには魔力がない。なんて可能性はないのだろうか。


 そうなったら対抗手段が拳銃だけになってしまうな。弾もあと二発しかないし。ああ、剣術っていうのもあるんだっけか。


「エリー、剣術はどんな感じだ?」 

「えーっと……、剣で近接攻撃をするときに使う技のことだよ。剣術にはいくつかの流派があって、その流派ごとの型を覚えて戦闘に使っていくっていう感じ。別に流派とか気にせずに自己流で戦っている人も多いよ。まあ、型っていうのは長い年月をかけて洗練されてきたものだから、使わない手はないと思うけど」

 

 あの人間離れした速さの動きも、型を覚えればできるようになるのだろうか。全く想像できない。

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