第六話 戦闘

 その時、嫌な雰囲気を感じた。濁った足音と、かすかに香る血の匂い。

 

 その時、沈黙を保っていた雪野が、声を上げる。


「恐竜が来ます……!」

 

 雪乃が指した方向を見ると、二体の恐竜が瓦礫をさらに粉々にしながら接近してきていた。例に違わず中心部を目指しているのだろう。

 

 長時間動かなかったから、来てもおかしくないとは思っていたが…………。ほんと、こういう時だけ予感が当たるのなんでなんだろう。


「逃げるぞ」

 

 俺と雪野は迷う素振りもなく、すぐにそこから走り出した。が、エリーはそこにとどまったままだった。


「エリー!?」

 

 俺は大声で呼びかけるが、彼は反応せずにこちらに背を向けている。その奥には俺たち捕捉し、走り始めた二体の恐竜。再びあの恐怖が思い出される。


「エリー、はや……く………?」

 

 再度呼びかけようとした時、エリーが右手を左腰に持っていき、音もなく剣を引き抜いた。それは長剣というには短すぎで、短剣というには長すぎるような、中途半端な長さの剣だった。


 刃の根本の部分にはダイヤモンドのような宝石。表面は鉄のような硬い感じではなく、真っ白な、雪のような白さをしていた。

 

 それは少し前、自分の頬を切り裂いたものだったのにも関わらず、不思議と美しいと感じる。

 

 彼の目の前にはすでに二体の恐竜が迫っている。

 

 エリーは剣を構えて応戦する。その動きは突風のような凄まじい速さだった。

 

 若干距離が近かった、右側の個体に突進する。対して向かってくるのは、鋭い牙をむき出しにした凶暴な恐竜。

 

 恐竜は考えなしに口を開き、その牙で攻撃してくる。しかし単純な攻撃だからこそ、そこには恐ろしい力が込められている。

 

 エリーは接触する瞬間、足を止めた。これでは突進の勢いがなくなり、明らかに威力が落ちてしまうはずだが……。

 

 エリーは剣を左肩辺りで溜める。なんの助走もないエリーが放つ斬撃と、突進の動きを最大限に利用した高火力の牙が接触するその瞬間、エリーの体がブレた。


 そうとしか表現できなかったが、明らかに何かの動作が加わった。

 

 その直後、弾かれていたのは恐竜の方だった。エリーはほとんど万全な体制を保っている。そこからは瞬きの間の出来事。


 今度こそ突進の力を利用したエリーの剣が、その首を飛ばしていた。ここまで約五秒。

 

 二体目の恐竜は、隙ができるの狙っていたかのように、ちょうどエリーが剣を振り抜いたタイミングで攻撃を仕掛けていた。

 

 牙が体に到達する直前、彼は牙にではなく、地面に剣を向ける。


「《凄風ウィンド》」

 

 エリーが何かを呟いた途端、剣についていた宝石が光ったかと思うと、地面に凄まじい風が撃ち出された。

 

 恐竜は若干のけぞるが、彼が怯ませるためにその魔術を使ったわけではないとすぐに分かった。理由はエリーがありえない高さに飛び上がっていたから。


 風の力を利用したのだ。

 

 エリーは空中で体を捻り、剣を肩に担ぐように構える。

 

 落ちてくると同時に、その勢いを利用して恐竜の頭部を真上から攻撃した。そのトカゲのような頭が、鼻のあたりから裂けるように切断される。同時に、恐竜は力尽きた。

 

 それはほんの一瞬の出来事だった。エリーは剣についた血液を払いながら息をついている。


 戦闘の様子は、その容姿からは想像できない力強さもあり、よく似合った美しさのようなものもあった。


 特に、あの相手の牙を弾く技は、ただならぬ磨きを感じる。

 

 エリーは剣を腰の鞘に納めると、呆然と立ち尽くす俺たちの方へ向かってくる。


「安全な場所に連れて行くから、どこか安全な場所知らない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る