第五話 異世界
「エリーだ。よろしく」
二人が平静を取り戻すと、早速自己紹介が始まった。瓦礫に挟まれた道の端と端で、絶妙な距離感で向かい合う。雪野は俺の斜め後ろで不安そうに立っていた。
そして二人の対面には、エリーと名乗った性別不詳の人物。いい感じに積まれた瓦礫の上に腰を乗せている。
見た目から推測できるのは年齢が俺と同じくらいだということと、名前も踏まえて明らかに日本人ではないこと。
「俺は古谷」
「雪野です……」
俺たちは簡潔に答える。いまだ警戒心は消えていない。さっきまで命を狙われていたんだから無理もない。
「それで、君たちの種族はなに?どこかで似たような顔を見たことはあるけど」
エリーは細めた目でこちらを観察してくる。俺たちのようなアジア人がそんなに珍しいのだろうか。だいたい種族という言い方も引っかかる。
「俺たちの種族……というか国籍は日本だよ」
「うーん、聞いたことないな」
エリーはすまし顔で言った。
そこで雪野が割って入る。
「ここの地名、分かりますか?」
「ここはレグナド荒野。世界でも有名な危険地帯。この空を見てもわからないのか?」
全く聞いたことがない名前だった。こんなに特徴的な部分があって耳にしないなんてありえない。
「雪野さん、知ってる?」
「いえ……」
……やはりここは元いた場所とは確実に違いがある。
俺は思案している様子のエリーに問う。
「ここはどこの国なんだ?何大陸?」
「この土地は誰にも治められていないよ。管理してる所はあるけど、こんな危険な場所に国を作ろうなんて考える奴はいないだろうし……。あ、ちなみに言っとくとここはウォレ大陸」
ウォレ大陸。間違いなく、記憶の世界地図には存在していない。
「管理してるっていう国は?」
「レダヌ。ここら辺で一番栄えてる国」
「それって、結構有名だったりする?」
「知らないのは幼い子供くらいじゃないかな」
「あー、そうですか……」
確定した。ここは間違いなく元いた世界ではない。
俺は雪野と目を合わせる。
「まあ、予想はしてましたから。今更どうってことないです」
彼女は笑いながらそう言った。その笑みが作られたものだということはすぐに分かった。
「どうやら君たちは、俺の知らない世界から来たみたいだね」
エリーは静かにそう言った。
その声色はこれまでの話が冗談ではないことを語っていた。
「エリー。俺たちはどうすれば元の世界に帰れると思う?」
藁に縋る思いだった。俺たちの世界のことを知らない相手が、その方法がわかるとは思えなかったから。
しかし、エリーは考える素振りもせず、答える。
「転移魔術……」
俺たちは揃ってエリーを見据える。
「君たちは転移魔術によってここに来た」
転移魔術………。やはりこの世界には魔法的要素が存在している。
最初に見た炎や竜巻、そしてエリーの傷が治った現象もその類だろう。
俺たちが反応しないでいると、エリーは説明を続けた。
「俺たちの組織の依頼人が転移魔術を使ったんだ。それも大きな街を転移させるほどの大規模なやつを。そして肝心の依頼内容は、[その地点に現れた人間の心臓を一人残らず回収すること]。なぜ集めるかは教えてくれなかったけどね。身元も把握していない」
エリーは一息つくと、俯き加減に説明を再開する。
「俺たちは万全の対策でこの依頼に挑んだ。俺たちほど強大な組織に依頼を持ちかけるということは、それなりに強力な敵と戦うことになると予想していたからね。みんな作戦に賛同していた。けれど蓋を開けてみたら、誰もが羽衣を着ていないただの一般人。魔術を使える奴も剣術を使える奴もいない。あの攻撃はただの虐殺に過ぎなかった」
魔術、剣術、羽衣。新たなワードが出てくるが、気にせず話に没頭し続ける。エリーの話し方は抑揚がなく、平坦だが、不思議と分かりやすく頭に入ってくる。
「相手が想像以上に脆かったから、最初の破壊活動で相手を心臓ごと潰してしまうという問題が発生した。一人残らずという依頼内容は失敗してしまったけど、上の判断で、残りの人からは確実に心臓を回収できるように動いた。依頼料も膨大だったからね。そこで、相手を捕食することによって、その相手の心臓を体内に保管する魔物を使うことにした。無闇に魔術を使ったらまた心臓を台無しにしてしまう可能性があるし」
魔物とはあの恐竜のことだろう。しかし、もし俺が中心部の方に住んでいたら、何が起きたかも分からずに死んでいたかもしれない。
最後、エリーは俺たちに視線を向けながら言った。
「ある程度時間が経った後、取りこぼしを避けるために俺たち戦闘員も派遣された。そして最初に出会ったのが君たち二人……。まさか、世界の外から転移してきたとは思わなかったけど」
説明は終わった。要約すると、エリーの組織は心臓を集めるという謎の人物に依頼され、その人物が転移させた俺たちを襲撃した。ということだ。
そして最も重要なこと。それは
「もう一度転移魔術を使えば、元の世界に戻れるかもしれないんだな」
「確実にとは言えないけど、可能性はゼロではない」
「その転移魔術ってやつはお前も使えるものなのか?」
「………禁忌魔術として詠唱は秘匿されていて、名前の通り、使用することは禁じされているよ」
「それじゃあ、その魔術を使える知り合いとかは……」
「例の依頼人以外知らないな」
んー、これだけではあくまで兆しが見えた程度だ。つまり、その謎の依頼人に会って、転移魔術を使ってもらうという方法しか今はない。
でも、殺すために転移されたんだから、元の世界に送ってくれる可能性はほぼゼロだろう。
熟考しているその時、不穏な空気が流れ始める。
奴らが来る。
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