第四話 契約

 俺は拳銃を撃った。人に向けて、殺す気で撃った。反動は想像よりも数段大きく、腕は強い痺れを感じている。

 

 しかしそんなことを頭で認識する暇はなかった。目の前の人物の、穴が空いた額をその目に映していたから。

 

 そいつは立ったままで、今にも剣を振り抜こうとしている体制だが、その先まで動く気配はない。

 

 俺は……、また………人を…………。

 

 その時、視界が光で染まった。思わず目を閉じる。

 

 けれど、その光は空が赤く染まり上がった時よりは弱く、灯った時間も短かった。ほんの一瞬だ。

 

 視界を開く。

 

 そこには額に穴を開けた死体ではなく、驚愕した顔で佇む人物がいた。

 

 その顔に傷は一切ない。


「……!?」

 

 思わず数歩後退してしまったが、俺は拳銃を持つ手は緩めない。

 

 緊張で固まる中、俺は敵を凝視し続ける。恐怖で体が強張っていたせいか、俺にはもう一度発砲できる自信はなかった。今相手が攻撃してきても何も反抗できないだろう。

 

 すると、相手はまるで力が抜けたように座り込んだ。


「まさか、ここまで強力な魔道具を所持しているとは………」

 

 混乱で頭が染まる。立て続けに起こる意味不明な現象に理解が追いつかない。しかしそいつは襲いかかってくる様子もない。

 

 そんなことより、本当にあの現象はなんだったのだろう。弾丸は確実にこいつの額を撃ち抜いていた。今もその情景が脳裏に焼き付いている。

 

 相手は顔を上げ、目を合わせてきた。

 

 俺は拳銃をしっかり握りなおす。さっきから手汗がひどく、ふとした拍子に落としてしまいそうだ。

 

 視線が交錯する中、互いに硬直したまま様子を伺っている。

 

 もう一度、撃つか………?

 

 いや、さっきの再生能力を見た限り、こいつにいくらダメージを与えても拳銃じゃ通用しない可能性がある。互いの優劣が把握できてない以上、下手に動かない方がいいはずだ。今度こそ殺されるかもしれないし。

 

 俺はただ拳銃を構えた状態で、何も動かなかった。いや、動けなかった。


「殺さないんだな?」

「…………」

 

 突然相手が発した言葉は予想と違うものだった。

 

 あの再生能力は一回きりか、それとも何かしらの条件があるのか……。

 

 俺は内心安堵しつつ、返答する。


「その場合、そっちはどうするんだ……?」

「どうもしないよ。俺の目的は………」

 

 すると、相手は鋭い動きで俺の両手首を掴み、銃口を自分から逸らした。

 

 な………!?

 

 素早すぎて全く反応できなかった。

 

 その細い手からは考えられない力で押さえつけられる。

 

 俺が慌てる中、相手は俺を引っ張るようにして立ち上がる。よろめいたところに足をかけられ、あっさり転倒。自分が何をされているか気づかない内に拳銃を奪われ、投げられる。

 

 反射的に足を振り上げて抵抗しようとしても、すでに相手の体重で押さえつけられていて動けない。

 

 目線を相手の足元から戻した時、眼前には小型のナイフが突きつけられていた。


「……死なないことだから」

「…………言動と行動に関連性を感じられないんだが?」

「油断したのが分かりやすすぎだ」

 

 圧倒的に相手が有利な、絶望的な状況。唾を飲み込む感覚が変に意識される。

 

 そしてそいつは口を開く。一言一言呪いの呪文を呟くように。


「お前は俺に何を望む? 返答次第では容赦なく殺す」

 

 なんで俺が望む立場にいるのかはわからないが、とりあえず何を答えても殺されるビジョンしか見えてこない。何も答えないという選択肢も無さそうだ。

 

 俺が逡巡しているとき、静まり返った空間に弱々しい足音が鳴った。


「やめて……古谷さんを離してください」

 

 雪野だ。目の前の両眼が左を気にする。そして雪野の手には一丁の拳銃。


「私たちは、あなたにできる限り協力します。でも、もし、離さないのなら、容赦なく撃つ……撃ちます」

 

 彼女はあまりに危険な手に出た。俺と同様、射撃の経験なんてあるはずもなく、あの異常な身体能力の前ではあんな距離なんて一瞬で詰められる。俺と同じ手も二度は使えない。

 

 彼女の足は小刻みに震えていた。あんな状態じゃ引き金すらも引けないかもしれない。

 

 ……っ、だめだ。こいつの前で油断を見せたら……。

 

 相手が雪野の方へ動き出し始めた直後、俺は相手を止めるためにがむしゃらに体を掴んだ。咄嗟にナイフの先が首に当てられ、そこから血が流れる。

 

 もう、どうにでもなってしまえ……。

 

 相手がそれ以上刺してくる前に、俺は自分の首を自ら押し当てた。相手の目が見開かれる。


「俺たちを、お前みたいな奴がいない安全な場所に送り届けろ…………それが望みだ」

 

 それは理不尽な状況への本心からの訴えだった。住んでいた街が破壊され、数え切れないほどの人が死に、自分自身の死に際を経験する。


 その全てが一日も経たない内に訪れる。……この世界は正しい姿ではない。

 

 直後、首元の金属が動き出した。その冷たさに、今度こそ本当の死を予感する。

 

 頭に溢れてくるのは、家族のことでも、友人のことでもない。ただ白い、何もない空白。

 

 しかし、暗闇は訪れなかった。

 

 そこには、ナイフを懐に収める相手の姿。


「分かった。契約完了だ」

「え………?」

 

 俺を解放し、そいつは立ちあがる。その綺麗な髪を靡かせながら。

 

 俺は何が起きたのか全く理解していなかった。俺は今、半ば煽るようなことを言ったはずなのに。


「俺のできる限りで協力する。君たちを安全な場所に送り届けるよ」

「はぁ…………」

 

 俺は少し間抜けな声を出すと、完全に体の力が抜けた。再び地面に寝転がる。雪野も同様に、ペタンと女の子座りをしていた。完全に肩の力が抜けている。


「………」


 原因を作った張本人が心配する始末だった。

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