第三話 出会い
マンションを目指し始めてから、約三十分が経過していた。二十分で着くのはあくまで普段の場合であって、この恐竜を警戒しなければ行けない現状では、慎重な行動が余儀なくされる。
今も家の瓦礫に隠れて恐竜をやり過ごしていた。
背後から一体やってきたのだ。
おそらく奴らは異常な嗅覚だったり視覚、聴覚を持っているわけではない。つまり索敵能力に関しては普通なのだ。
よって、しっかり身を隠して、例えば今のように相手が興味を持たない瓦礫の山の影とかにいればそうそう見つかることはない。
十分に恐竜との距離が離れた時、雪野は安堵しつつ影から身を出すと、奴の背中を見ながら言う。
「なにか、おかしいと思いませんか?」
「ん、なにが?」
「さっきから私たちの目指す方向、つまり中心部の方に行っている恐竜が多いんです」
「………確かに」
奴らは俺たちの背後から来ることは何度かあったが、前から向かってきたことは一度もない。
てことは……、
「より多く人がいる所に行こうとしているのか」
「はい。私もそう思います」
もしこの情報があっているのならこのまま中心部に向かうのは危険だ。ある程度距離のあるこの辺りで留まるか、さらに外周部に向かうかした方がいいだろう。
「とりあえず、これ以上進むのはやめた方が良さそうだね」
「それじゃあ、この辺りで安全な場所を探します?」
「そうだね。でも……安全な場所か」
周囲をざっと見た限りだと崩れた建物がほとんどだ。形を保っているのもいくつかあるが、安全とは言い切れないだろう。
「外側の方に進みながら探していこうか」
「分かりました」
雪野は瓦礫で悪くなった足場を慎重に進み始める。たまに足を踏み外すも、コケることなく歩く。
俺はその後ろ姿を追いながら思う。
俺たちは少し冷静すぎないか。いきなり訳もわからない状況に陥り、ここが本当に日本なのかもわからない。そして目の前でたくさんの人が死に、その悲鳴を耳が壊れるくらいに聞いた。
そんな極限状態なのによくここまで考えて行動できるものだ。俺も昔はもし街がゾンビで溢れたら…なんて想像をしていたが、実際に生き残る側の人間になれるとは。
まあ今から五分後にあっさり死ぬのかもしれないが、今のところそんな予感はしない。
もし恐竜たちの脅威を逃れたとして、その後もいろんな問題に悩まされるだろう。
例えば水や食料。こうなってから何も口にしていないが、気温が上がっている分喉もよく乾く。また当然のように電気は全く届いていないので、照明の問題も出てくるだろう。
とにかく生きていくにはかなり難しい状況だ。俺は前をちょっと危なっかしく歩いている少女が目に入る。俺は雪野のこともしっかり守っていけるのだろうか。
彼女はただの華奢な少女だ。生き残れたのは奇跡だろう。まあ、あの状況なら誰が生存しても奇跡なのは間違い無いが。
「あ、古谷さん、あそこに人が」
すると、雪野が振り向いて言う。
目を凝らすと、瓦礫に挟まれた道路の真ん
中を人が歩いていた。うつむき加減でこちらに向かってきていて、少々不気味な雰囲気を感じる。
「雪野さん、一応下がってて」
彼女は不思議そうな顔をするも、素直に俺の後ろに回った。
腰に挿してある拳銃を確認する。万が一のためだ。貴重な生存者。まさか敵ではあるまい。
しかし、互いの距離が近づくにつれて、その感覚は逆の方へ向かっていた。
あの人の外見はかなり不自然で、まず日本人とは思えない綺麗な白に近い金髪。銀髪とも言えるかもしれない。また、ローブのようなものを着ていて、中の服装は灰色っぽい。
とても現代の人とは思えない。まるでゲームの中に出てくるような………。
その時、俺の警戒度はマックスまで上がった。あの人は結構小柄で女性にも見えるので、ただの勘違いの可能性もある。
しかしこの状況だ。この真っ赤な空に、得体の知れない恐竜。不自然なものは全て敵だと思った方がいい。
俺は腰の拳銃に手を置いた。いつでも抜けるように……。多分相手には悟られていないはずだ。
背後に立って居る雪野から緊張を感じる。
とうとう、その人は目前まで迫った。これは絶対に無視できない距離。…………今更逃げた方が良かったと思っても遅い。
顔はとても綺麗で整っていた。しかし、その分どこか奇妙だった。中性的な顔つきで、髪は男だったら少し長めで女だったら普通くらいなので性別はどっちかわからない。
表情はなく、何を考えているのかもさっぱりわからなかった。俺たちを殺そうとしているのか、それともただ、ようやく出会えた生存者に歓喜しているのか……。とても後者とは思えないが……。
俺は意を決して問いかける。
「あなたは?」
その短い言葉にはいろんな意味が込められていた。お前は日本人なのか、ここで何をしているのか、恐竜と関わりがあるのか、敵なのか、味方なのか。
「………」
返答はない。じっくりこちらを観察している。
目線は………俺の腰あたり。
「……!」
俺がビビって銃から手を離そうとした瞬間だった。
視界から一瞬姿が消えたかと思うと、気づいた時、目の前には地面を抉るような低い姿勢で突進して来るもの………!?
俺はそれが何かを認識する前に反射的に後ろに飛んだ。きらりと光る金属のようなものが視界を下から上になぞる。
俺がその現象を認識したのは、鋭い痛みとともに流れる、自らの鮮血を確認した時だった。
「痛っ……!」
生ぬるい液体がほおを流れ落ちる。
背後では倒れた雪野の呻き声が聞こえる。俺は雪野もお構いなしに体を動かしてしまった。気遣う余裕なんて一ミリたりともなかった。
前方に意識を向ける。そこにいたのは、右手に持つ剣を振り上げ、ローブを翻しながら立つ人間だった。そいつは剣を下げると、意外そうな顔をしながら呟く。
「ん、なんにもないのか……」
こいつは一体何も言っている? そしてさっき何をした?
最初はローブに隠れて見えてなかったが、あいつの腰には剣帯と鞘がある。そしてそこに収められていたであろう剣で俺の頬を抉った。しかもありえない速さで…………。
もし反応できてなかったら腕の一本や二本ぐらいなくなっていたかも知れない。
俺は迷わず腰の拳銃に手を伸ばし、それを取り出した。ずっしりとした重みが伝わる。
奴はその様子を微動だにせず見届けると、これまた中性的な澄んだ声で尋ねてくる。
「この辺りで……、ほかに生きている人はいないのか」
………こいつの目的はおそらく俺たち日本人を殺すこと。ここで情報を提供したところで生かしてくれるかは疑わしいが……。奴の圧倒的な戦闘力に対抗できる手段はこの銃しかない。
しかもまだ一度も使ったことがない武器……。どうすればいい。考えろ…………、考えろ……。
すると、後ろから袖を引かれた。雪野が俺を引っ張っている。逃げろと言っているのだろうか。でもあんな速度で突進してくるやつから逃げ切れるとは思えない………。
そこで俺は相手との距離を意識した。奴は俺を殺そうとすれば例の突進ですぐに殺せるだろう。
……そこで思いついた作戦はあまりに無謀だった。しかし実行しなくてもどうせやられる。
「む、向こうの……住宅街の方には、まだ生きている人がいたよ……」
「…………」
奴は反応しない。真偽の予想でもしているのだろうか。
今のはハッタリだ。すぐに嘘がバレるだろう。情報も曖昧すぎる。これはただの時間稼ぎだ。
俺は雪野の手に引かれるように、ゆっくり……じりじりと後ずさっていく。人生史上最大の緊張を、心臓の騒がしい鼓動を感じながら徐々に距離を離す。
「情報提供ありがとう」
彼がそう言って体勢を変え、剣を構えた時、俺たちの距離は最初に話しかけた時とほぼ同じぐらいまで離れていた。
さっきと同じシチュエーション。奴は再び姿勢を低くし、今度は確実に俺たちを殺すべくして準備する。今にも飛びかかってくるだろう。
俺も準備はできていた。心以外は……。
「来いよ……」
俺は決心して呟くと、右手の拳銃に意識を移しす。
直後、相手は最初と同じように、凄まじい速さで突進してくる。
奴に勝てる可能性を唯一持っている拳銃。それを素人の俺が確実に当てられるタイミング。
それは………………、
敵が目の前にいる時。
そしてそのタイミングが分かるのはさっきと同じ突進攻撃。俺は同じ状況を演じて奴の攻撃を誘った。
あの時は後ろに避けた。しかし、今回は違う。避けるべきタイミングで俺がやること。
その時、あいつのありえない速さから成る残像のようなものが見えた。けれど恐怖は打ち消す。
俺は全く同一のタイミングで、後ろに飛ぶのではなく、両手で構えた拳銃を前に突き出した。
乾いた発砲音が荒れ果てた住宅街に響く。
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