第二話 拳銃

 奴は頭から突き破るだけにとどまって、それ以上追ってくることはなかった。わざわざ手間をかけて二人だけを追って来ようとはしないらしい。


 あいつは建物の奥に逃げ込んだ二人より狭い通路で逃げ回る大勢の人々を選んだのだ。

 

 俺の体はあの狂った女性と同じように血塗れだった。そんなこともわからないくらい、俺は必死だった。

 

 隣にいる、へたり込んでいる彼女もぼろぼろだ。綺麗に整えられていたであろうショートヘアも汚れて、ボサボサになっている。

 

 着ているジャージは確か近所の中学校のもの。部活帰りの学生が着ていたのを何度か見たことがある。

 

 ひとときの安寧。未だ何かが破壊される音は鳴り響いている。近くではなっていないようだが。


「あの、さっきは本当にありがとうございました」

「ああ、それはお互い様だよ。本当に。君が助けてくれなかったらあのまま食われてたよ」

 

 互いに謝辞を述べ合う。あの時はかなり危険だった。彼女が助けてくれなければ、動けないまま殺されてたかもしれない。

 

 しかし、彼女の保護者はどうしたのだろう。あの時は一人で塀を乗り越えようとしていた。このジャージを着ているのを見るに中学生。つまり家族と暮らしていたと思うが。


 まあ、だいたい予想はつくけど。


「あー、えとー、親とかはどこに?」

「わかりません、両親は初詣に出かけていたので」

 

 予想は外れたか。まあ、よかった。とりあえず生きている可能性はある。


「君は、行ってなかったの?」

「今年は受験だったので……、私は神様になんか頼りたくないって言ったんですけど、両親が聞かなかったので二人だけで行ってもらうことにしました」

「……そうなんだ」

 

 不思議と彼女と両親が言い合っているのが想像できた。言い合うと言っても、家族での団欒のようなもの。暖かみのあるもの。

 

 しかし、彼女は変わっているな。大概の受験生は初詣プラス合格祈願というような形で新年早々神様に願いに行くもんだ。

 

 俺もそうだった。決して気分は良く無かったし、改めて考えれば彼女の気持ちもわからなくはないか。


「そういえば、あなたの両親は大丈夫なんですか?」

「……俺もわからないとしか言いようが無いよ。だいたい両親とは離れて暮らしていたし、携帯も繋がらないし……」

 

 俺は高校入学と同時に一人暮らしを始めた。わざわざ都会に引っ越したのだ。それなりに頭は良かった。しかし、今では周りに圧倒され平凡な成績を収めている。中学生時代の思い上がりなんてこんなもんだ。

 

 その一人暮らしも今年で三年目だったが、こんな状況に巻き込まれたのだ。


「君はなんでこんなことが起こったんだと思う?」

「うーん……、神様を信じない小娘に怒ったんでしょうかね」

 

 彼女は笑いながら冗談を言うが、その顔は微妙に引き攣っていた。多分両親が心配なんだろう。

 

 今はこの事態について考えるよりも、とにかく生き残ることが大切だ。ここもいずれ危なくなるだろう。


「俺は古谷、よろしく」

 

 彼女は、あ!そういえば。みたいな顔をした後答える。


「雪野です。えと……お願いします」

 

 俺は頷きを返す。

 

 俺と雪野は示し合わせることなく同時に立ち上がった。




 さて、発砲音に期待してここにきたわけだが、そこには期待したものは無かった。あるのは頭がなくなった警官らしき人の死体。手には拳銃が握られている。

 

 恐る恐る左右確認をすると、街の中心の方へ去っていく一体の恐竜が見えた。ここまで注意して左右確認したのは小学生の時以来だ。

 

 目に写るのは拳銃。今まで手にしたことなんてもちろんないが、シューティングゲームにハマっていた時期がある俺にとっては少し馴染みがあった。


「持っていくんですか?」

 

 俺はそれ手に取る。リボルバー式の拳銃で、装弾数は五発。警官が二発使ったらしく、残りは後三発だ。

 

 別にたかがゲームの知識で調子に乗っているわけではないが、まあ……こんな状況だし、少しでも武器を持っておきたい。

 

 しかしあの恐竜がピンピン動いているのを見ると、おそらく効果は薄いのだろう。


「念のためにね。上手く使えるかはわからないけど」

 

 さて一体どこに逃げたらいいのか。この調子だと街のほぼ全域にあの恐竜がいるんじゃないだろうか。

 

 彼女にも尋ねてみる。


「君は何処に逃げたら安全だと思う?」

 

 悩む素振りを見せたが、すぐに答える。


「地下なんてどうでしょうか。少なくとも地上よりは危険が少ない……はず」

 

 なるほど、地下か。

 

 奴らの知能はおそらくそこまで優れていないし……いや、分からないか……。嗅覚とかも発達しているかもしれない。まあこの状況、より良い案も思いつかないしな。


「この近くで地下がある建物ってわかる?」

「うーん、私が知ってるのは近くのマンションの地下駐車場と……あと、デパートくらいですかね」

 

 前者は知らないが、後者は俺も把握している。いわゆるデパ地下だな。


「結構距離あるよな……」

 

 デパートは街の中心の方にあるため、外周に近いここからはそれなりに遠い。できれば余り長距離の移動はしたくない。


「マンションはここからどれくらいの距離かな?」

「えーと、歩いて二十分くらいだと思います」

 

 近くはないがデパートよりかはマシだ。よし、前者に決定。


「そのマンションに行こう。案内してくれると助かる」 

「あ……はい」

 

 この選択は吉と出るか凶と出るか……。はたまた最初から凶しか存在しないのか……。

 

 彼女は成り行きで俺と一緒に行くことになったが、責任を取れる自信はない。俺独自の判断に任せて大丈夫なのだろうか。


 別に他に頼れる人は居ないし、仕方ないのかもしれないが。

 

 俺たちは歩き始めた。



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