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「そういうの、やめたほうがいいんじゃない」

 翔太が言った。

 その時、私はスマホでインスタグラムのストーリー画面を開いていた。画面に映っているのは、何本も細い線が刻まれた私の左腕。真っ赤な血がプツリプツリと溢れ出している。フィルターはいつも使っているピンクのキラキラするやつだ。

「そういうのって、何」

 今日買ったばかりのカミソリに浮かれていた気持ちが、どんどん萎えていく。

 せっかく切れ味の悪いカッターとさよならできると思ったのに。せっかくバイト終わりに薬局に寄って買ってきたのに。

「だから何、その、リスカ? あんまよくないことじゃん。やめなよ」

 せっかく、ストレスどっかいったとこだったのに。

「ていうか、見てて痛々しいんだよね。せめて見えないとこでやってくんね?」

 言葉がどんどん、胸に突き刺さる。

 翔太だけは、否定しないでくれると思ったのになあ。

 思わず視界が歪む。

 さっき画面に「新しいカミソリ買った!!」って打ってた私が馬鹿みたいじゃん、ねえ。

「正直、気まずいし」

 スマホから目を離さずにそんなことを言う翔太が、すごく、すごく嫌だった。

 涙が下瞼から零れ落ちないように、奥歯を噛む。

「あんたにそゆこと言われるとは思ってなかったわ」

 頑張って泣きそうな口から乾いた笑いを引き出した。自分でもなんでこんなに強がっているのか分からない。

 翔太は無言で立ってどっか行った。きっと、トイレとか寝室とか、その辺。


 自傷が世間的に良いものではないことなんて、十分に分かっているのだ。

 でもじゃあ、それでしかストレスを発散できない私は一体どうすればいいの。

 止めてほしいって思ってるなら、もっと優しく言って欲しかった。話聞くよとかのが全然ましだった。それはそれでムカつくけど、ちゃんと、私に寄り添って欲しかった。

 冷たいだけの言葉で何か言われるなんて本当に耐えられない。翔太は私がメンタル弱いって知ってたはずなのに。私の事傷つけたってちゃんと分かってるのかな。分かっててほしいなあ、私翔太のこと信じてたのに。翔太ならこんな私のことを、肯定はともかく、否定はしないって思ってたのに。

 はあ、と溜息が出る。

 手がもう一度カミソリに伸びた。パステルピンクのカミソリ。水色と紫とピンクの三種類があって、ピンクが一番可愛いなって思って買った。ほんの数時間前の話なのになあ。

 銀色に光る刃を、そっと皮膚に突き刺す。自分の泣き顔が映って見えた。

 痛い。

 スマホを手に取る。画面はついたままだった。

 公開する前のストーリーを破棄して、もう一度写真を撮る。やっぱりピンクのフィルター。薄い水色で文字を書いた。「新しく買ったカミソリめちゃ切れるヤバい笑笑」

 ストーリーを全体公開で投稿して、もう一度腕に線を引いた。

 鉄臭い臭いが広がる。ティッシュを一枚取って血を吸い込ませた。

 ぽやんとした頭で、カミソリの刃が錆びついたらヤだなとか考えた。やっぱり取り換え用の刃も買ってきた方がよかったのかな、めんどくさいな。

 脳直でツイッターを開く。左手はじんじんするから、右手だけで打ち込む。


「彼氏にリスカやめろって言われた草」


 まだ痛みはやまない。

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