第3話 彼女の正体

「 ――ってことがあったんだけど。覚えてる?」


「……何も、おぼえてない」

 少女はしゅんとして言った。ずいぶんと感情表現が豊かだなぁと思っていたら、彼女が不意に

「あっ!」

 と叫んで頭に手をやった。

「出てない!? ……出てなかった。よかったぁ」

「なにが?」

 ほっと一息ついた少女に訊ねると、彼女は恥ずかしそうにして、小声で言った。

「……みみ」


 え。

 僕の思考は停止する。

 みみ? ミミって言った? 今。みみが出るってなに?

 疑問が頭を駆け巡ったが声にならなかった。

 困惑が顔に出ていたのだろう。少女は少し押し黙って深呼吸をして、それから。


「えっとね。アタシ、猫なの。化け猫。だから、ほんとの耳はこっち」

 ぴょこん。と彼女の頭に猫耳が生えていた。

「自己紹介がまだだったよね。アタシ、渡辺 姫香。猫の時につけてもらった"ヒメ"って名前からとってるの。いい名前でしょ?」

 彼女、姫香は自慢げに言った。僕も慌てて自己紹介をする。

「あ、えっと。僕はシュン。村山 俊。えっと、よろしく?」

 僕が手を差し出すと、姫香はそこにあごを乗せた。いや、違うんだけど。

 いつの間に出現したのか、尻尾がぶんぶん揺れている。

 ……わかりやすいなぁ。僕は半分呆れつつもあごを撫でてやった。


 姫香の話によると、彼女は化け猫で、普段は人間に擬態して生活しているらしい。昨夜は酒を飲んだせいで、猫らしい行動をしてしまったのだとか。

「人間の姿にも猫の姿にもなれるのよ」

 と彼女は本来の姿も見せてくれた。

 それは、大きな、あまりにも大きな猫だった。成人男性の僕が思い切り抱きつけるくらいの、ふわっふわの長毛種。毛は柔らかで、驚くほど触り心地が良い。僕は詳しくないけれど、彼女曰く混血なのだそうだ。


 なんだか、ずいぶんと温かな夢を見たと思っていたのだが。

 僕はどうやら彼女、ヒメのふわふわの毛にくるまれて眠っていたらしい。道理で、よく眠れたわけだ。夜中に見たヒメの姿を、僕は夢だと勘違いしたのだろう。まぁ、そんなサイズの猫がいるなんて思いもしなかったので、当然と言えば当然だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る