短編その三 情けねえ。

 俺は若い頃、東京で寿司屋をやってたんだ。バブルだったから、かなり儲かってたんだよ。その頃の俺はかなり羽振はぶりが良くて、女の子もみんな喜んでついてきたもんだ。決まった一人の女なんてつまんねえ、そうやって生きていて楽しかったなあ。戻りてえなあ。


 値段を書いてない寿司屋だったから、ぱっと見バカだな、って思った客に高くふっかけてたんだよ。どこどこ産のイイ魚が入りましたよ、とか言えばバカ舌は耳で食べるから「旨いな、大将」ってさ。俺はバカ舌を見抜く目はあったんだぜ。悪いことしてただろ。

 そんな商売をしていたからよ、当然バブルが終わったら儲かんなくなってさ。店をやめて田舎に帰って来たんだ。嫌いだった親父も死んだって聞いたからな。俺ん家は、金があったからしばらく遊んで暮らしてたよ。

 

 一年くらいして、遊んでたらダメになるってどこかで思ったんだ、偉いだろ俺。でもよ、俺みたいなのは会社じゃ勤まんなくてね。昔っから、頭にくると我慢できねえんだ。ぶん殴って半日でやめちまったこともあったなあ。

 仕方ねえから、こっちでも寿司屋をやったんだよ。これでも魚の目利きはそ出来たし、寿司も形だけじゃなく握れたからな。こっちのほうは客が来るってより出前の方が多かったな。気分が乗んない時は酒飲みながらやってたよ。


 あれはもう何年前かなあ、コタツで酒飲んでたから、冬だよなあ。飲んでたら、体が動かなくなったんだよ、急にだよ、急に。どんくらい経ったかな

あ、外でカブの音が聞こえてさ、新聞配達が来たんだよ。

 俺は朝までぶっ通しで飲んでること多くてさ、それを知ってるババアだったんだよ。電気が付いてる時は家ん中まで新聞持ってきてたんだよ。そのババアが優しかったわけじゃなくてな、俺が余った寿司を時々くれてやってたから、その日もそのつもりだったんだろ。


 俺を見つけたババアはそりゃ、びっくりしてたよ。ひっくり返って動かないけど、目は見えてて喋れたから、それ伝えたら救急車を呼んでくれてさ、助かっちまったんだよ。ああ、そのババアがいなきゃ俺は今頃ここにはいないな。

 脳卒中らしくてさ、そのまま入院になったよ。水も飲まずにコタツに入って酒を飲み続けてたのが悪かったんだと、医者が言ってたよ。そんなの冬は毎日やってたし、なんともなかったんだけどな。一回でもやっちまうとこうなるんだってよ。


 頭の出血したところが悪かったみたいでさ、右半分が麻痺しちまったんだよ。しっかり助かるのなら生きていたかったけど、こんなになるならあの時死んだ方がよっぽどマシだったよ。強がりじゃねえよ、こんな施設に入れられてまで誰が生きたいっていうんだよ、バカだなお前。お前も俺みたいになりゃわかるよ。

 女も抱けねえし、うまいものは好きに食えねえし、宝くじも自分だけじゃ買いに行けねえし。こんなで生きてて楽しいって思えるわけねえだろ。今はあのババアを恨んでんだよ。

 生きてたくないなら、自殺すりゃいい、って思うだろ。そのまま死ねたのと、自殺するんじゃ全然違うだろ。俺は注射も痛くて嫌なのに、自殺なんて痛いこと怖くて出来ねえよ。だから仕方なく生きてんだよ。

 

 痛いのが嫌だからよ、リハビリもしなくて逃げたんだよ。足につける装具そうぐってのがまたな、付けると歩きやすくなるけど、痛いのなんの。だから嫌になって車椅子でいいや、ってなったんだよ。

 その車椅子もよ、片手じゃうまく動かせねえから電動のやつを買ったんだよ。レバーで動かすやつで快適だったけど、うるせえ介護士と嫌いなババアにぶつけただけで取り上げられたよ。この中じゃ俺に自由もねえってことだよな。

 自由がねえって言えばさ、病院にいる時に見舞いでもらった酒を飲もうとしたんだけどよ、自分で開けらんなくてな。看護師によ、飲みたいから開けてくれって言ったら没収されたんだよ。九時には電気も消えちまうし、テレビもイヤホンつながないといけねえし、つまんねえとこだよ。あんなとこ、もう行きたくねえ。

 

 こことも明日でおさらばだから、清々するぜ。これであの介護士の顔も見なくて済むし、ホントすっきりするよ。俺は悪いと思っちゃいねえ、だから謝らねえよ。俺はあいつが嫌いなんだよ、クソ生意気な口ききやがって、思い出しても腹が立つ。

 後悔はしてねえし、悪いとも思ってねえけどよ。俺は情けねえんだよ、嫌いなヤツひとり殺すこともできねえんだぜ、本当に情けねえよ。こんな体で生きてて、思い通りにならなくて、楽しいこともなくて、痛いことばっかりでよ。それにあんなバカにしたような目で見られたら、誰だって腹立つだろ。


 だから、あいつに言ってやったんだよ。


 「包丁持ってこいよ、刺してやる」


 ってよ、笑っちまうだろ、自分じゃ取りにいけねえんだ。

 本当、情けねえだろ……。

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