第34話 : 初めての優しさ(水琴視点)
「ねえ、優治君を驚かしに行かない?」
テントの中で間地代理が提案してくる。
「ほら、こういう真っ暗なところだと幽霊やお化けが出てくるのが定番でしょ。優治君一人で怯えているかもよ」
そんなもの?私としては天体観察や川のせせらぎを聞くことの方が定番だと思うのですけど。
「でね、今日は親睦の意味もあるから一人三十分ずつ、彼のテントに行ってお話をしてくるの。多少はプライベートなことになっても、その時間なら誰も変なことはできないでしょ。それにそのくらいの時間があれば結構お互いを深く知れるでしょ」
仄かに明るいランタンの下でそう言われるとそれも悪くないと思えてくる。
こういうシチュエーションって、どれもこれも正論に聞こえてくるから不思議だ。
「じゃ、善は急げね。栞菜ちゃん、行ってらっしゃい」
「え、なんで私なんですか?」
「彼、また寝ちゃうわよ」
ウインクと一緒にそう急かされて私は鬼城院のテント前まで行った。
歩くたびに砂利の音がしているので、相手に気付かれず、とはいかない。
「起きてる?」
「誰かと思えば、水琴か」
一声かけて入り口を開ければ、ジャージ姿の彼が。
スマホでゲームでもしてるんだろうか。
「どうした?」
「間地代理が、プライベートでも親睦してこいって」
「別にこんな所に来なくても良いだろ。変な誤解をされるぞ」
「だから三十分だけ」
「ま、まあ、かまわないが」
それから出てきた話は仕事のことばかり。あっという間に十五分が過ぎた。
「それにしても水琴、お前の話は色気がないな。そんな話、こんな所でするか」
ハッとした。これは間地代理がくれたチャンスなのに、どうして・・・・『オトコ心を射る100のテクニック』には二人きりの時に仕事の話はするなと書いてあったことを思い出した。
「ご、ごめん。悪かった・・・・」
次の言葉が出てこなかった。
考えたら素面でこういう場面はなかった。いつも私が飲んだくれて、一方的に喋るだけで終わっていた。最後は記憶が無かったことが多かったし。
「あ、あの・・・・今日はありがとう」
「んっ?」
「運転してくれたし、車も出してくれたじゃん。鬼城院がいたからこういうことができたんだし」
情けない。こんなことしか言えない自分がつくづく情けない。
恋愛感情を極力抱かないような行動ばかりをしてきたせいで、異性との付き合い方が全くわからない。
私はオタクと呼ばれる人種が大嫌いで、ああいう一つの物事にのめり込むような視野の狭い人間は困ったものだと思っていた。
間地代理から鬼城院を堕とすように言われてからずっと考えていたのは、ひょっとしたら自分が『仕事オタク』であり、『スキルアップオタク』ではないかと言うことだった。
そして、その事実が今、はっきりと明かされた。
オトコと対峙しても仕事以外の話題がない・・・・
やっと出てきた言葉も、当たり障りのないうわべだけの言葉だけ。
どれほど自分が恋愛ダメ人間なのかを思い知らされた感じがする。
「おう、でも珍しいな、お前が俺に礼を言うなんて」
そうだ。私は会社で誰かに礼を言ったことは殆どない。
皆が鈴華ちゃんにお礼を言っていても、アンドロイドだもの役に立つのが当たり前だと思っていた。もっと言えば機械に礼なんて気持ち悪いことだと。
「そう、そうかな・・・・これからはそうならないようにするよ」
「うん、ま、偉そうに言って悪いな。ところでお前、今日は寝坊しただろ」
「えっ、何でわか・・」
「隈がひどかったぞ、化粧で隠し切れていないくらいにな。今日は早く寝ろ、と言っても慣れない場所だから無理はあるか。でもゆっくりしろよ、お前だって大事な仲間なんだから」
私の台詞を全部言わせてくれなかった。少しは言い訳したかったのに。
とはいえ、そこまで気にしてくれているのが正直嬉しかった。
隈をしっかり見られていたのは悔しいけど、そこに気が付いていたなんて。
「ありがとう」
「んっ」
「気に掛けてくれてたんだね。私は仕事の話しかしないから、それ以外は全然ダメだから、だから・・・・・・・・・誰も私自身のことを見てくれていないと思っていた」
涙声になってきた。あれ、他人に涙なんか見せたことないのに。
ここ、薄暗いから鬼城院に見えてないよね。
「ば~か、お前は大事な仲間だ。仕事もそうだけど、時間外に一緒に飲むだろ。お前は取引先でも何でもない。そういうことだ」
「う゛・・・・あ゛、あり、がと」
「なに泣いてんだ。ほら」
そう言って、隣に座って背中に腕を回し、右腕で私の右肩をさすってくれる。
もの凄く気持ち良くて、心が温かくなる。
こんなことは初めてだ。
「ほら、三十分経ったぞ」
「そ、そうだね。じゃ、また、明日もよろしくね」
「気をつけて戻れよ。今のお前を見てると危なっかしいから」
「そうする。ありがとね」
「戻りました」
「栞菜ちゃん「水琴さん・・」、どうしたの!」
そうよね、ちょっと涙声だし、たぶん顔は真っ赤だろうし。
ここまで酷いとランタンの灯りでもわかっちゃうよね。
「いえ、何でも・・・・いや、ちょっとだけ鬼城院のことが知れて・・・・あ、これ、うれし泣きです」
恥ずかしいけど、いいよね。間地代理が行ってこいって言ったんだし。
そして、二人の目があっても遠慮なしに私はハンカチで鼻をかんだ。そこから少し苦い香りがした。
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