第32話 : コンプレックス(智鶴視点)

「智鶴ちゃん、土日予定ある?」


 間地代理が笑顔で訊ねてくる。

 今週末は予定らしきものは無かったはず。


「今のところ空いていますが、何か?」

「皆と一緒にキャンプに行こうかと思って、ね」


 あ~、これ水琴さんがらみだ。絶対にそうだ。


「実はね、皆で手料理作りの大会をしようと思って」

「はい?」

「広いところで、共通の体験をすればお互い理解が深まって、親睦になるでしょ」


 もの凄い謎理論だけど、私が拒めば間地代理と水琴さんで出かけてしまうのだろう。

 こういう時、夫婦でないし、同棲もしていないとなるとこちらから口を出すのは憚られる。

 結婚しちゃいたいけど、私には低くないハードルがある。

 いっそ優治さんと駆け落ちしちゃおうかな・・・・


 ブルブル、今はそうじゃない。水琴さんが何かするのを指を咥えて見てる場合じゃない。


「私も参加します」



 私はジャンケンに弱い。

 どの程度弱いかというと、二人に一発で負けてしまった。

 そんな訳で、優治さんの真後ろに座っている。

 会社ならVIP席だとか言っても、見えるのは優治さんの髪の毛、それと嬉しそうな水琴さんの顔だけ。


 水琴さんが、優治さんが口に当てたストローで自分もジュースを飲んでいる。

 それ、間接キス!

 最近はもっと凄いことをほぼ毎日しているというのに、ムカムカした感情が湧き上がってくる。

 キスくらいの浮気なら構わないと言ったけど目の前でされると──中高生じゃないんだから、耐えるのよ、私!



 着いたらお昼になった。

 私は朝4時半に起きて作ったお弁当を披露。うん、頑張ったよ。

 優治さんと被る訳にはいかないので、事前に何を作ってくるかは聞いておいた。

 水琴さんがどんなものを作ってくるかわからなかったから、できる限りのことはした。


 肉じゃがは前日作っておいた。焼き物や揚げ物は当日調理。

 ちなみに手作りの伊達巻きや煮豆、ピクルスも用意した。

 和洋中、何でもアリの三段重だ。


 で、水琴さん・・・・えっ、コンビニのおにぎりが二つだけ。

 それって・・・・


 水琴さんの顔が真っ青だ。そりゃそうだろう、私がその立場だったらこの場から逃げ出している。

 でも、私は気分が良い。

 私の彼氏とさっき間接キスをしていた相手だ。青ざめた顔で地獄を見て欲しい。

 ふっ、優治さんへのポイントは私が大幅リードね。負けないわよ。


 って、優治さん、寝るの?

 デッキチェアであっという間に寝てしまった優治さんを脇にして、女子トークが始まった。話題は恋バナよりはお買い物やお仕事の話が多い。ここに来てする話でもないだろう──恋愛は生々しすぎるし、生活の話はプライベート過ぎるので私は苦手だからちょうど良いか。


 目の前の二人みたいな美女はどんな服でも似合うし、適当な化粧でも様になるけど、私はそうはいかないから話を合わせるだけでも大変だ。

 美女は美女と、醜女は醜女で固まると言われることがあるけど、そこは何となくわかる。同じ話題でも視点が違いすぎて会話に付いていくのが大変だし、話を合わせるのも難しい。

 これで私だけスタイルが大きく違っていれば、完全に蚊帳の外だ。


 水琴さんがトイレに立ったときに間地代理が『オトコ心を射る100のテクニック』なる恋愛指南本を私にくれた。かなりためになる本だそうだ。

 著者は銀座の老舗クラブでナンバーワンだったホステスの泉美いずみさん。

 間地代理の名前、溢美いつみさんに近いような・・・・気にしないでおきましょう。


 水琴さんと入れ違いに私もトイレに行った。

 周りが森と川とは思えない凄く綺麗なところでビックリした。

 本物の鳥のさえずりを聞きながら優雅に花を摘み出すモノを出し終わり、戻ったら水琴さんが優治さんのところにいる。しかも優治さんは起きていて、真っ赤な顔をしている。

 優治さん、何があったの?


 えっ、口の周りを拭いてる。まさか?

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