第31話 : オトコの寝顔(水琴視点)

「栞菜ちゃん、今度の土日空けておいて」


 突然、間地代理からそんな話が、その日はジムとマーケティングの講座、それと交通関係の展示会に行く予定になっている。

 交通関係は今後の新規事業を考える上でのヒントを探すためだ。販売企画課と言っても売ることを考えるだけが仕事ではない。社内で新規商品を提案することも重要な仕事なのだ。

 そんな大事な日なのに・・・・


「あの」

「来ないという選択肢はないわよ。いつも言うけど、男性の心がきちんとわかることも大事よ」

「それはそうですが」

「ビジネスだけで理解しようとしてもダメよ。暮らしというものはプライベートなんだから」

「で、なぜキャンプなのですか」


 別にキャンプなぞ行かなくてもオトコのことは理解できるだろう。

 鬼城院を相手に恋愛の練習はしていても、鬼城院がいつもいる必要はないはずだ。まあ、アイツがいてくれると最近はどこか落ち着く感じもあるんだけど。


「それはね・・・・」


 間地代理の話を聞き、そんな気持ちも確かめるため、仕方がなく予定を変えた。




 で、なぜ晴宗さんがいるのだろう。

 確かに彼女はウチのチームの仕事をしているけど専属じゃないし──彼女がいると鬼城院にアプローチがしにくいし──間地代理は何を考えているのやら。


 朝のジャンケンで勝利した私は鬼城院の隣に座ることができた。

 負けず嫌いの私にとっては素直に嬉しい。


 後ろを振り返れば間地代理が軽くウインクしてくる。

 “頑張れ”のサインだろう。

 彼女たる者の指定席に座った私は、それならばと気合いが入る。


 今日は間地代理がプレゼントしてくれた恋愛指南書『オトコ心を射る100のテクニック』なる本を読んできた。もちろん全て頭に叩き込んできている。

 鬼城院の奴だけでなく、間地代理にもやればできることを見せつけてやるつもりだ。


 移動の車では鬼城院の隣、助手席をゲットした。

 ストローを使ったあ~んもやった。ついでに間接キスも。

 鬼城院は私に恋愛感情はないはずだ。たぶん・・・・

 とはいえ、中高生みたいと笑われようと何だろうとドキドキしたし、ちょっと嬉しかった。


 次はお昼──なのだが、昨日、ワクワクしすぎて眠りに着いたのは午前三時過ぎ。結果、目覚ましのアラーム音で起きたのは時間ギリギリだった。時計、スマホ、テレビにラジオにPCのタイマーまで使ってやっと起きたのだ。

 もちろん、お弁当を作る時間は無く、急いでコンビニまで買いに走った。情けない。


 で、晴宗さん。

 あの重箱を見たときには青くなった。

 さすがに気配りの塊、もう心から尊敬する。本当に本当に頭が下がる。

 この機会を作ってくれた間地代理にも申し訳ない。お酒を飲んで寝た訳ではないので・・・・ごめんなさい・・・・


 食後、鬼城院が寝てしまった。

 オトコの寝顔を見るのはいつ以来だろう。

 通勤電車の中で寝ている人達を別にすれば、私の父親しか見ていないから十年ぶりくらいかも知れない。

 成人男性の寝顔をカワイイと思ったのは初めてだ。

 見ていて飽きない。


 寝かせておきなさいと間地代理に言われて、そのまま放置。

 女性三名でガールズ(オバサン?)トークをした。

 これが中高生なら恋バナで盛り上がるのだろうけど、如何せん全員アラサーなので、どこの店が美味しいとか、あそこの店はぼったくるとか、そこに時々仕事の話が混ざって殆ど色気のない話ばかり。


 チラチラと鬼城院を見れば、気持ちよさそうに寝ている。

 ああいう無防備なオトコってちょっかいを出したくなる。

 晴宗さんはトイレに行って、ここにいない。

 間地代理がイタズラっぽくウインクしてくれた。ヤレのサインだ。

 

「鬼城院君、起きてください」


 生まれて初めて出す甘さ全開の声だ。

 私が今できる精一杯のことをこの一声に賭けた。


「んぁ?・・んっ、ありがとう」


 ちょっとだけヨダレが出ていたので、ハンカチで拭いてやったら、寝ぼけ声の鬼城院は赤みがかった顔をしていた。

 私もきっと赤い顔をしていたのだろう。

 そんな他愛もないことが、シンクロしているようで少し可笑しく、口角を緩めてしまった。

 晴宗さんが遠くで見ていたなんて、全然わからなかった。

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