第23話 : ”ブルン!バシッ、フニャ”(その2)
昨日はあれからシャワーを浴びて、床で寝た。
智鶴の寝息がBGMになって、あっという間に意識が飛んでいった。
「優治さん、優治さん」
カラダを揺さぶられた感覚に目を開けたら、そこには昨日見たエプロン姿の智鶴がいた。
下に服はキチンと着ていて、乱れていた髪も化粧も元どおりになっている。
「オトコって馬鹿ね」
目線は俺の下半身にある。
冴えない顔に対して、ある部分だけは朝から絶好調のようだ。
「もう一度しよっか?」
時計を見れば一回戦くらいは出来そうだが、そうすると朝食を食べられなくなる。
昨日の行為のせいで栄養補給しないと午前中仕事が出来そうにない。
どうしたものかという不安な顔が浮かんだのだろう。
「嘘よ。遅刻しちゃうでしょ。ご飯食べなきゃ、お仕事と今日の夜のためにね❤」
最後のハートマークは何なんだと突っ込みたいし、二日続けてそこまでできる元気はないと思う。だいたい気力が持たないし。
そんな状態でも勃たせてくれるドリンク剤は素直に凄いと思う。もっとも毎日あれだけ飲んだら確実にカラダまるごと昇天するだろう。それは避けたい・・・・
会社に着くと、鈴華が「お茶を飲みますか」と訊いてくる。
お茶くみなんて仕事は絶滅危惧種の最たるものだ。それでもこうしてお茶出しをしてくれると、素直に嬉しいしやる気が出る。
人間に給料を払ってやらせる仕事じゃないと思うが、鈴華なら問題ない。
鈴華は三日間程度なら24時間働けるので、深夜にプレゼンの資料作りなどをしている。
無難なプレゼン資料の作り方くらいは覚えさせているのから紙媒体のものならデータさえ揃えてあれば数時間でプリントアウトから製本までやってしまう。
映像でも高度な動画編集までは無理があるとはいえ、クラウド上にある必要な動画のピックアップと尺の調整までは全然問題なくやってのける。
開発二課だとそういう仕事は殆どなかったので、充電用スツールに座っている時間が長かったが、この部署だと俄然鈴華がアンドロイドとしての本領を発揮している。そこではあまりさせなかったお茶汲みもここではガンガンさせている。
「鬼城院さん、どうぞ」
そう言って、お茶を置いたら、徐に俺の後ろに回り、肩を揉んでくる。
昨日、間地代理がやったことを忠実にトレースするように、人工物とは言え、巨乳を俺に押し当ててくる。”ブルン!バシッ、フニャ”という感触はまんま一緒だ。
は?と思ったのは俺だけではない。
部署全員が俺達を見ている。
間地代理に至ってはポカンと口を開け、血の気が引いた顔をしてこちらを凝視している。
「おはようござ・・・」
俺達より遅く出勤した水琴はカラダを一瞬で固めてしまった。
「鈴華ちゃん、こっち」
隣のチームの主任が鈴華に声を掛けて、朝の主役から逃れられたと思ったら、すぐさま課長から呼び出された。
「鬼城院君、あれは何だ!」
怒り丸出しで詰問される。顧客に対してあんなことをしたら大問題だから当然だろう。
正直、俺にもよくわからないが、取りあえず出した答えは
「恐らく人工知能が学習したのだと思います」
「どういうことだ!」
鈴華には相手の表情を読み取る機能がある。
相手に不快な思いをさせないための措置で、しかめた顔をしたらすぐに次善策を考え、行動を修正するようにプログラミングしてある。
その裏返しで、相手が嬉しそうな表情をしていると、その行為を反復するようにしてある。
もちろん、会議だとか接客だとかのシチュエーションを把握して行動を変えるようにはしてある。この場合、オフィスの日常は特にそう言う設定をしてないので、誰かがとても嬉しそうな顔をしていれば、それをもたらした行為を反復して実践してくれるのだ。
鈴華の場合、オフィスにある全てのカメラから情報を得て、原因を分析し、対応できるようになっている。
つまり、だ。昨日、間地代理がした行為で俺が
通常のオフィスではそんな恍惚の表情をすることは通常あり得ないので、これは人間側のエラーと言ってもよい。
よりによって、そんなことを俺がしていたのだ。
さすがにそれを全部説明する訳にはいかない。
学習機能のエラーだと言ってその場は逃れたが、開発二課に報告してプログラムを修正する話になった。
開発者だからこそわかる。この修正は恐ろしく面倒だ。通常業務におけるシチュエーションの認識は無茶苦茶難しい。どこまでが仕事でどこからが息を抜いているかの判別なんて人間だって傍目ではなかなかできない。
以前の仲間達が嫌な顔をしているのが目に浮かぶ・・・・あとで殴られそうだ。
派手に怒られた後、机に戻ったら速攻で智鶴からメッセージが来た。
『今日も覚悟して』
俺、本当に死ぬかもしれないと思いながら、一日を何とか終えた。
自宅に戻ったらスケスケのレースのエプロン(機能としての意味があるのか?)を着けてニヤけている智鶴がいた。もちろん下は何も着ていない。
明日は有給休暇を取るしかないかと思いながら、そのままベッドに直行した。
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