第10話 : 俺達の歓迎会

 それから数日。

 つい先日までこの課の連中は鈴華のことを“残念ちゃん”と呼んでいた。

 正直、この部署にあまり良い印象を持っていなくて、ここに配属が決まった時はさほど嬉しくなかった。

 今は誰もそう言う呼び方はしないし、ちゃんと鈴華のことを名前で呼んでいる。

 大人の対応と言うべきか、変わり身が早いと言うべきか。


 どこかによそよそしい雰囲気は感じるものの、表向きは俺にも普通に接してくれる。

 業務も多少は慣れたし、何とかやって行かれそうだ。


 鈴華は大活躍している。

 比較的来客が多い職場なので、お茶汲みやら資料配りやら何かと忙しい。

 彼女に昼休みはなく、展示会用のパンフレットを何百枚という封筒に入れていた。

 人間ならばブラックだと怒っているだろう。アンドロイドだからと言って休ませてもらえないのは少し可哀想に思える。


 俺の机は向かいに間地代理、彼女と並んだはす向かいに水琴、左隣に智鶴という配置をしている。

 水琴達と一緒に仕事をしていた女性が、今の時代には珍しく寿退社して欠員が出来た。その後釜が俺。智鶴はこのチームの正式なメンバーではないが、もう一つのチームと掛け持ちでヘルプ要員としての位置づけとなる。それでも主にここに入るということで俺の隣に机を置いている。


 二つのチームを掛け持ちするにはもの凄い能力を要求される。

 それでも智鶴なら難なくこなすのだろう。これまでの仕事ぶりを見聞する限り大丈夫だと思う。


 俺の予想どおり広報課は課長が病気で休職したせいで智鶴が出されたのだと知り合いが言っていた。

 智鶴がいなくなった途端に雰囲気が変わり、今はギスギスした感じになりつつあるそうだ。

 で、こっちが良い雰囲気かというと・・・・


「鬼城院君、智鶴ちゃん、今日は大丈夫ね」


 間地代理が今日、これからの予定である俺達の歓迎会について確認してくる。


「「はい、大丈夫です」」


 二人で美事にハモって答えたら、水琴がぎょろりとこちらを睨んだ。


「息ピッタリね」


 その口調には些かの棘があるように感じた。


「じゃ、今日は絶対に残業なしよ。栞菜ちゃんもね」

「「わかりました」」



 そうこうしているうちに、歓迎会の時間になった。

 俺と智鶴は平常モード、水琴は多少不機嫌な感じがする。その後を考えるとかなり怖い予感しかない。



「新しく来た二人に乾杯!」

「「「かんぱ~い!」」」


 俺達が来ているのは一寸洒落たベトナム料理の店。

 間地代理のお勧めで、ベトナムは中国の隣に位置し、フランス領だったから、どっちものいいとこ取り料理があるとのこと。

 座った円卓の前に置かれた品を見ていると、アジアっぽい彩りながら、とても繊細さを感じられる盛り付けで、視覚でも味わえるような雰囲気がある。中華料理の豪快さとは一線を画している。


 置かれている飲み物は全員ノンアルコールのもの。

 水琴は無茶苦茶不満そうな顔をしているけど、さすがに間地代理に苦言は出せない。

 俺はさほど酒が好きという訳ではないが、この料理、ワインで味わいたいと思う。ブドウジュースだとちょっとね・・・・


 隣に座る智鶴はウーロン茶を飲んでいる。女性陣は皆そうしている。

 仕事のことや普段の暮らしのことを話ながら時は進んでいく。


「へ~、ここにいる4人は全員一人暮らしなのね」

「間地代理もお一人なんですか」


 話の勢いで年上の女性に非常に失礼な質問をしてしまった。


「うん、鬼城院君、いや、ここはもうプライベートだから、優治くんみたいな男性ならいつでもウェルカムよ」


 名前呼びの上、色気が溢れ出ている満面の笑みで返されたから、右隣で智鶴が、向かいで水琴も驚き、そして多少の不満を含んだ顔をしていた。

 これ、キャバクラあたりでやられたら全員イチコロだろう。


「間地代理、一杯だけダメですか」


 水琴はどうしてもアルコールが欲しいらしく、さっきから懇願している。

 そんな水琴を


絶対ダメよ」


 そう言いながら、間地代理は俺に軽くウィンクしてくる。

 その意味がわからない俺じゃないが、智鶴がいる今、そのことを実行したいとは思わない。


 飲んでいるのがお酒ではないので、グラスの中身が減ったからと注ぎ合いはしない。時折、智鶴が各人のグラスや料理の様子を見て追加でオーダーしてくれている。

 そんな中、一瞬だが俺と智鶴の目が綺麗に合った。そして彼女が寂しげに顔を逸らした。

 さっきのアイコンタクトを見られていたのだろう。


 料理はとても美味しくて、特に春巻の類いが絶品だったのだが、どことなく皆ぎこちなさが抜けていなかったと思う。

 水琴と間地代理が持っている距離感だとか、智鶴の態度や気遣いなどからそれがわかる。

 女の闘いというか、些細な確執というか、たった三名とは言え女性の中で男が一人でやっていくことがちょっと怖くなるような、そんな雰囲気を感じていた。

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