第9話 : 左遷先

 それから数日、鈴華を見るための騒ぎは収まり、少し落ち着いてきた頃、課長からお呼びが掛かった。

 何事かと思ったら異動の命令だった。


 エンジニアとして採用されている俺は転職でもしない限り開発部にいるものだと思っていた。

 それが突然の渉外部へ、それも水琴がいる販売企画課への異動だ。


 鈴華をああいう容姿にしてしまったことへの懲罰かと思い、一瞬真剣に転職を考えた。


「はっきり言えば見せしめだろう。社内じゃお前のことを知らない者はいなくなったからな。だけど外へ出て、顧客の意見を聞いて04型の開発に行かせば良いじゃないか。いずれ開発部へ戻れるようにしておく。販売企画課あっちは開発二課ほど忙しくはないはずだから体を休めて次に備えておけ」


 思っていたとおりのことを課長に言われ、そうなるよなという思いと、そんな見方もあるかとの思いで転職を捨て、水琴の待つ部署へ体一つで出向いていった。

 人付き合いは正直、あまり得意ではない。それでもユーザーの考えを知ることで見えてくる世界もある。



「よろしくお願いします」

「「「「よろしく」」」」


 皆への挨拶が終わったら、後ろから


「よろしくお願いします」と聞き慣れた声がする。


 振り向けば智鶴がそこにいた。

 あれっ、広報課はお前を絶対出さないんじゃなかったのか。

 ワンマン課長が病気で休職したから、反課長派に出されたということかな。




 そして・・・・


「よろしくお願いします」


 透き通る美声とはっきりした口調、元気いっぱいの声量。

 そう、鈴華も俺と一緒にこの課に異動してきたのだった。


 異動初日だから業務の確認と進行中のプロジェクトのチェック、それと俺の場合だけ鈴華の状態確認が付加されている。そして、このチームには新たに鈴華の営業という業務も加えられた。

 鈴華の営業ならば営業1~3課の連中がすれば良いだろうと前の所属の課長代理に言ったら、まだ発売前でプロトタイプなのだから開発者がいる部署がすべきだと押し切られた。

 だったら異動させなくても良かっただろうに・・・・


 ともあれ、初日の仕事は無事に終わった。

 翌日も無難にこなせた、と思う。

 案外こういった仕事も向いているんじゃないかと二日目にして思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る