第7話 : 気配りモンスター

 翌日、渉外部広報課へ鈴華のPR動画作成のことで打ち合わせに行った。

 鈴華の容姿だと、さすがにCMなどに使えないと思っていたのだが・・・・


 話す相手は広報課のエースと言われる三十代半ばの課長代理と主任、それと晴宗はるむね智鶴ちづるだ。彼女は俺の一つ年下だが、職場での評判はすこぶる良い。

 コイツには水琴のような通り名はない。そのまま名字で晴宗と呼ばれている。


 一流大学を卒業した訳ではないし、一芸に秀でている訳でもない。容姿は全てにおいて普通よりやや下、人によっては醜女と呼ぶかも知れない、その程度。

それでもそれだけの評価を得ているのは、彼女の気配りがもの凄いからだ。


 常に自ら挨拶をし、目上には綺麗な所作で頭を下げる。言葉遣いも慇懃無礼にならないような丁寧なもの。

 半歩後ろを歩きながら上司達に寄り添い、目立たないように常に行動する。


 庶務的な仕事もしていて、共通備品の管理では文具が不足することのないよう、常に一定数が置かれている。簡単なようでウチの部署では広報課までいろいろ借りに行くことが多かったりする。

 取引先の担当者の好みを詳しく知り、それに合った手土産を用意してあると思えば、海外出張をする上司には相手の家族までチェックして心象を上げるプレゼントを渡す配慮まである。


 コイツが出席する会議では、同じ機械が淹れるコーヒーでも、味が全く違う。

 カップを少しだけ温めたり、豆の状態を見てお湯の温度を微妙に変えたり、更には追加の一杯を出すタイミングだったりと様々なホスピタリティの提供は相手の心を掴むのに大きく貢献していて、コイツが関わった商談は成功率100%という話だ。

 外資系のような人間関係ではなく、日本型の”人付き合い”や”おもてなし”がきちんとできているので、特に三十代以上から男女を問わず人気が高い。


 営業部で何度か引き抜こうとしたが、歴代の広報課長が取り付く島も無く断ってきた。それも当然だと思わせるだけのものが彼女にはある。




「CM動画の件ですが、今回は開発現場もPRしたいと思っていまして」


 会議が始まると相手の主任がそう提案してくる。


「現場って、工場のことですか?」

「それもありますが、設計や試作の過程も含めてです」

「例えば、ガチの会議を見せると?」

「そこは演技でも良いと思いますが、出演者は会社の人間で行きたいと思ってます」

「ふむ」


 自分が映らなければどうでもいい話だと思っていたら、他人事ではないのか。


「これが今のプランなのですが」


 主任が紙を一枚渡してくる。

 そこには鈴華の設計図からパーツの組み立てまでと、鈴華がオフィスで働く姿をCGを全く使わずリアルに描くシナリオが書いてあった。

 それはかまわないが、鈴華のリアルな姿はそのままで良いのか?

 売り出し時点ではさすがにその容姿はあり得ないと思うのは俺がマーケティングなんてまるで理解していないからだろうか。


「これでやるんですか?」

「そうだけど。何か?」


 良く通る女性の声で、瞬時に返された。

 声を出した課長代理は俺より一つ上で、もの凄く頭が切れると評判だった。

 成果主義のウチの会社でも異例の昇進で、いつも業者周りをしていてその場にいない課長に代わり、部署を完全に取り仕切っている。

 そんな人間があっさりと言う。


「鈴華のルックスだと、どうかと」

「成果はルックスでは決まらないでしょ」

「いや、それはそうですが」

「貴男だってそのつもりでデザインしたのでしょ」


 鈴華のデザイン事情はもはや社員全員が知るところで、意地悪な笑みを浮かべて俺の顔を見ている。

 醜女を作りたい訳ではなかったから、何を言っても屁理屈に過ぎない。

 だからここは黙っている。


「あのね、機能に問題がなければ少なくても仕事上の価値はあるわ。外見で誤魔化そうとしないで、きっちり仕事をしている。鈴華ちゃんはあくまでプロトタイプなんだという位置づけで紹介すれば良いじゃない」


「実際に売るのは鈴華の姿のままじゃないですよね」

「それはわからないわ。一応別の外皮を被せたプロトタイプだってあるけど、私としては鈴華ちゃんの方がCM上は面白いと思うわ」


 そう、鈴華以外に二体プロトタイプはある。

 それらはちゃんとデザイナーが作った世界のミスコン優勝者に引けを取らない超絶美顔&美ボディを纏っている。


「皆がアンドロイドは美人だと先入観を持っています。生身の人間だとそうではないはずですが、売りたいのはアンドロイドですから。少ない情報しかないなら外観に拘らないと。機能などより簡単に伝えられるじゃないですか。アンドロイドが美女である必要はありません。でも、アンドロイドとなるとそれはどうかと」


 目の前にいる智鶴の姿を見てそう思ってしまった。


「だからこそ、その意表を突くのよ」

「はい?」

「いいこと、今私達がやっているのはCMの打ち合わせよ。売りたいのは商品だけど、商品の価値はその品物だけじゃないの。わかる?」

「その・・・・よくわからないんですが」

「問題はその商品を使って、相手先にがどれだけの利益が出せるかよ。広い意味での生産手段よ。見てもらいたいのはスタイルなんかじゃない。容姿には関係なく職場の能率が上がるところを見せればインパクトは大きいんじゃないかな」


 正直、その発想がわからなかった。

 女性社員を第一印象で選べと言われたら間違いなく最初は美醜が物を言う。

 女性しかいない職場はわからないが、男がいれば美女が一緒に仕事をしてくれた方が能率は上がるんじゃないだろうか?

 そんな美女を奥さんや恋人にできる人なんて滅多にいないのだから、脇にいるだけでやる気が起きるんじゃないだろうか。

 だから俺だって最初は美女を作りたかったのだし。ぶっちゃけ容姿はどうでも良いなんてのは後付けの理由だ。


 が、智鶴を前にしてその言葉は出なかった。

 美醜が関係ないことを具現化した存在なのだから、俺が何を言っても無駄だ。


「そういうことよ。そっちの課長さん達にも伝えといてね」


 何だかんだで、広報課のペースで話が決まっていった。

 間地代理と言い、デキる女はそういう発想が常人とは違うのだろうか。

 あるいは男と女では見聞できる世界が違うのだろうか。


 ウチの課長代理に報告したら、特に何の話もなく、どうせから広報課に任せておけば良いとあっさり返された。

 映像受けする顔はしていないことは自覚しているが、少し失礼だろう。


 それにしても、鈴華の外見にコンプレックスがあるのは俺だけか?

 商品を売るんだぞ。プロトタイプなら別の外皮を被せたものが他の課にもあるだろう。皆、“残念ちゃん”と呼んでいるのに、それでいいのか。

 いや、確かに鈴華を外見でなくて評価してほしいと思ったのは自分だけど、でも本当にそれがアンドロイドとして正しいことなのか。


 よくわからないまま、定時を僅かに過ぎて退社した。

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