第6話 : 襲われてもいいの?
水琴の部屋は俺と同じマンションの12階にある。最上階の角部屋でそれなりの家賃がする部屋だ。
基本的な造りはどこも一緒で、ちょっと贅沢な一人暮らしができる広い1LDK。ウチには上限10万円、最大80%の家賃補助があるから充分住むことができるのだ。
エレベーターを降りると通路の一番先にコイツの部屋がある。
タクシーを降りたときから彼女の体には何の力も入っていない。完全に寝落ちしている。
よく今まで男に襲われなかったものだと思う。どこかへ連れ込まれてもこれでは文句が言えないだろう。
「こら、鍵を出せ」
「ウヴ・・・」
「ここで寝るな!」
大声は出せないので耳元で強い口調で囁く。
「ヴァ~い」
所々擦れて年季の入ったショルダーバッグからウサギのキーホルダーが付いた鍵を取り出し、俺に手渡した。
「水琴、靴を脱げ」
間取りが一緒だし、何度もこういう状態の彼女を連れてきたこともあるから、勝手は知っている。
男の気配がまるでしない寝室に引きずり込んで、ベッドに寝かせる。
「着替えてシャワーは浴びとけよ。俺は帰るぞ」
「ヴ~、待って」
力なくはあるけど、十数分ぶりに意味のある言葉を聞いた。
「何だ」
「抱いて」
「ハァ?」
何訳わからんこと言ってるんだ。
俺が送り狼になる訳ないだろ。そんなことをしたと知れたらここに住んでられなくなるし。
「抱いてぇ❤」
色っぽい声を出しながら同じことを言ってくる。
寝言にしては妙に感情がこもっている気がする・・・・ダメだ。ダメ。こんなことで関係なんか持てない。
「本当に帰るからな。オートロックだから後は何もしないぞ」
「何よ、ば~か。私が襲われてもいいの?私の処女が誰かに奪われてもかまわないの?」
今度は涙声だ。うるさいな。
「別にかまわんよ。ここのセキュリティを突破できる奴が入ればだけどな。お前が処女だって話は随分聞かされた。だがな、そろそろそれを恥ずかしいと思えよ」
「るっせーな!」
で、怒り心頭だと。コイツの頭はどうなってるんだ。
「じゃあな。こんどこそ俺は帰るぞ」
とは言ったものの、スラックスの裾をコイツに掴まれている。
「抱いてくれれば離す」
「ハア、そんな風に言われたって勃たないよ。勘弁してくれよ」
「じゃ~あ」
酔っているとは思えない軽い身のこなしで起き上がり、俺の唇に奴の唇が重ねられた。
「ふふ、これでその気になった?」
「怒るぞ!」
「ばぁ~か」
ここへ着いた時よりもずっと赤い顔をして声を上げてくる。
もう訳がわからない。
「アンタはアンドロイドがお似合いよ。“残念ちゃん”くらいでちょうどいいわ」
「はいはい。じゃあな」
靴を履いたら横になっている水琴から声が聞こえた。
「酔ってなんかいないわよ。ば~か、鈍感ば~か」
最後の二文字以外は残念ながら俺の所まで届かなかった。
次に聞こえたのは、可愛さの欠片もない大きなイビキだった。
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