アンドロイドがいる職場

第3話 :「残念ちゃん」から「鈴華」へ

 翌朝、製品試験課からお呼びが掛かった。

 02型の受け取りに行くと、相手の課長から


「“残念ちゃん”だけど、可愛がってくれ・・・・・・って、これ鬼城院君が作ったんでしょ」


 ”これ”はないだろう。そりゃ生身じゃないけどさ。

 笑いが混じった声でそう言われながら彼女を部署に連れ帰った。


「新人を連れてきました」


 皆が一斉にこちらを向く、そして、全員が口を開け、ポカンとした顔をしている。

 何なんだよ。02型の顔に何か着いているのかよ!


「こんにちは、今日からお世話になります。よろしくお願いいたします」


 02型は非常に綺麗な所作でお辞儀をした。

 完璧とはこういうことだ。


「お・・お・・おお、皆も挨拶しよう。「「「「「よ、よろしくお願いします!」」」」」」


 全員で戸惑うことはないだろう。02型に失礼だ。

 もっと言えばデザインした俺にだって失礼だろう。



 アンドロイドを職場で働かせるには初期設定が必要だ。


 ・調度品や備品のレイアウトの記憶

 ・職員の顔と声の記憶(来客との区別のため)

 ・充電用スツールの場所を決め、電源を用意する。

 ・各種通信機器との接続試験をする・・・・などなど


 なんだかんだで半日以上掛かってしまった。

 仕方のないことばかりが、できればこの時間を半分以下にしたい。

 今回の試用ではそのような課題や要望をリストアップし、プログラムのアップデートや既に開発が始まっている次期JSA-03型への機能付加などに活用する予定なのだ。


 試用期間は半年間で、そのうち3か月以内に出てきた問題点を修正した後に、本格的に販売を開始する予定でいる。


 02型に行ってもらう仕事は、

 ・来客の案内と接待(お茶汲み)

 ・イベントでのコンパニオン役

 ・荷物や資料の運搬

 ・資料の冊子綴じ

 ・有線ダイヤルインの応対  など多岐にわたる。


 アンドロイドなので24時間対応はできるし、残業代も通勤のための費用も要らない。


 最後の設定は、02型に名前を付けることだ、アンドロイドではあるが、専用のネームプレートに彼女の名前を印字し、対外的には人間と同じような扱いをしているようにアピールする。


「課長、ご希望はございますか?」


 ゴマすりと宴会芸だけで出世してきた課長代理が課長におべっかを使うのはこういう時のデフォルト。


「『鈴華りんか』なんてどうかな。常連になってるクラブのママの名前なんだが、これがまた良いオンナで、何たって名器持ちの床上手・・・・・・」

「コホン、では鈴華でよろしいですね」


 ピンクのフレームの眼鏡を掛けたもう一人の課長代理が課長のくだらない話をピシャリと止めた。

 さすができるオンナは違う。ナイスだ。


「貴女の名前は”りんか”です。漢字で書くとすずにはなやかのはなね。鈴華ちゃん、よろしくね」

「よろしくお願いします」


 鈴華の声は俺の好みで決めた訳ではないが、とても聞きやすいやや高めの声をしている。

 ボーカロイドとしても通用しそうな澄んだ声色だ。



 ところで、鈴華をまじまじと見れば、俺が設定したプロポーションのせいで、既存の制服では胸元が大きすぎ、ブラウスの釦がきちんと閉まらない。スカートもヒップラインがキツキツである。

 成人男性向け雑誌のイラストみたいな感じになっていて、さっきから鈴華の外観をチェックしていた女性の課長代理がこちらを睨んでいる。


「これ、主任の趣味なの?」

「ハハ・・・・ハ、ハイ」


 数秒の沈黙が数時間にも感じられる気まずい雰囲気。

 その他大勢の女性陣の視線も非常に痛く感じる。


「ヘンタイ!」


 そう言い放って席に戻った。


 外見は関係ないだろうとは言え、さすがにこれではまずいだろう。

 あとで総務課に頭を下げて制服をオーダーしてもらうか。

 恥ずかしいし、情けないけど、生みの親の責任だろう。




 一日が終わろうとしていた。

 そう言えば、俺の部署は誰も“残念ちゃん”とは呼んでいない。

 これって、鈴華をちゃんと受け入れたと理解して良いのだろうか。

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