第67話 君は隙が多いから

「ちょっといいかな。おいで」

 ジャスティーンが俺の手を引いて警備団の本館へ足を向けると、背後でカルヴィンの「俺も一緒に!」という叫び声が聞こえた。

 だが、ある意味有能なデクスターが彼を引き留めて矢継ぎ早の質問開始。

「ちょっとちょっと、恋仲の二人の邪魔をしないでくれる? それより、あんた誰?  魔女? こっちの女の子は?」

「え、いや。それより恋仲!? だって、二人とも女……」

 俺が歩きながら彼らに目を向けると、カルヴィンが情けない顔で俺たちを見ていた。そっと彼から目をそらし、ジェレマイアを見ると彼が珍しく優しい笑顔を浮かべたところだった。

「君はこの男の妹かな、おじょーちゃん」

 そして、ガヴリールが「カルヴィン様のお嫁さんになりにきました!」と満面の笑みで返し――。

 途端に凍り付く空気。

 冷めきった双眸が至る所からカルヴィンに向かう。デクスターやジェレマイアだけでなく、他の団員たちからも。

 そこでカルヴィンが必死になって「違う!」と挙動不審になっている間、ヴァレンタインとその連れ、俺の姉たちは随分離れた場所でそれぞれ何か話をしていた。

 少しその会話の内容は気になったけれど、気が付いたら俺は団長室に連れ込まれていたのだった。


「慌てる必要はないって言ったと思うけど、撤回しよう」

 今、俺の前にいるジャスティーンの目つきはちょっと危険だ。顔は笑っているのに目は笑っていない。その声にも僅かな焦りのようなものが感じられて、あれ? と思う。

「いや、とにかく説明を、ですね?」

 俺がおたおたしつつ、何があって『あんな状況』になっているのか言おうとしても、彼女はそれを遮って俺の身体を背後から抑え込み、ソファの上に倒してくる。それは息もつかせぬ、というか、流れるような動作というか、団長室に魔術で鍵がかけられる音が響くまでがあっという間だった。

「説明は聞くよ? ただ、それは後だ」

「いや、でも!」

 俺が慌てて辺りを見回してみたが、いつも彼女の傍にいるイーサンの姿がここにはない。いつもいざとなったら邪魔してくれるはずなのに!

「ああ、彼は忙しいんだよ」

 俺の腹の上に跨ったジャスティーンの手が、俺の胸元――ブラウスのリボンをほどき、その下に隠れていたボタンを外していく。


 ま、ま、ま。


「待ってください!」

「敬語」

「ちょっと待って、さすがにそれは!」

 ぷちぷちと外されたボタンの下から、いつもはできるだけ見ないように――意識しないようにしている双丘が現れる。形の良い胸、我ながら感心するほどの白い肌だが、急にジャスティーンに見られるのがとんでもなく恥ずかしく感じて、俺は必死にブラウスを搔き合わせた。

「こういういたずらをしようとしても、いつも誰かに邪魔されるだろう?」

 あっさりと俺の手首を掴んだ彼女は、そのまま優しくソファに押し付けて続けた。「イーサンも厭になるくらい口煩いが、やっぱり問題はエーメなんだよ。彼女がいると、君をまともに口説けないしね。あの侍女も問題だ。だから王都に苦情の連絡を入れたんだ」

「え? え?」

「エーメの我が儘は許してしまうとどこまでも突き進んでしまうから、早急に帰らせる。そのためには、陛下の命令が必要だった。彼女の我が儘のせいで我が団員たちがずっと野宿状態であること、このままでは団員の士気にも関わるし、さらには予算の問題があると」

「いや、それはともかく、団長!?」

「ジャス」

 彼女の手を振り払う方法はある。何らかの攻撃用の秘術で突飛ばせばいい。でも、できない。それは無理だ。したくない。

「それで、さっき王都から連絡が来てね。私の嘆願が届いてエーメは急遽、王都に帰ることになったよ。あの婚約者殿は真面目だし、離れていたって浮気するような男じゃない。浮気するような相手もここにはいないし、問題ない。だから、エーメも陛下の命令に背く理由も見つからないしね、仕方なく帰る準備を始めている。その手伝いをイーサンも喜んでしているよ」


 あ、そ、そうですか。


 そう相槌を打つ余裕もない。

 そこでジャスティーンはゆっくりと俺に顔を寄せ、唇を重ねてきたからだった。


 相変わらず! ヤバい口づけだと思う! 俺の語彙力が低下するくらいには!


 角度を変えて幾度か唇を重ねた後、前と同じように俺の唇を割って入ってきた彼女の舌は驚くほど熱かった。こういったことに慣れていない俺なんか、身体を硬直させている間に何が何だか解らなくなり、抵抗する気力すら奪われてしまう。

 頭の芯がぼんやりし始めた頃、俺の抵抗する気が完全に失せたと感じたのだろう、彼女の行動がさらに過激になった。

 乱れたブラウスの上から、彼女の手が優しく触れて――ふにゃり、と揉まれた。


 さすがに俺が我に返って、それは駄目だ、と必死に首を横に振る。だが、当然のようにジャスティーンはそれを気づかないふりをして、その行為を続けた。

 じ、自分でも揉んだことないのに!

 胸なんて飾りみたいなもののはずなのに、何でこんなに恥ずかしいと感じるのか!

「だから、その!」

 俺は頭を軽く振ったせいか、少しだけ思考能力が戻ってきたらしい。だから必死に口を開いた。

「こういうのは駄目だと思うんですよ!」

「敬語は禁止。やめなければ今日は最後まで突き進もうか」

「どんな脅しですか! お、脅しだよ!」

 さすがに最後まで、と聞くと俺も従うしかできない。そこまで覚悟はできていないし、とりあえず今はジャスティーンを落ち着かせる方が先だ。

「そうそう。君がデクスター相手に敬語なしで会話しているのを聞いて、ちょっとムカついていたんだ。よかった、これで一歩前進だ」

「そんなことより、俺、まだ心の準備が!」

「だって君は隙が多いから不安なんだよね」

「何が!?」

「目を離すと危険人物を連れてくるし。さっきの、例の魔女だろう? サディアス・ゴールディングにおまじないをかけたとかいう魔女。しかも、君を気に入っているらしいし、私にとっては恋敵だ」

「でもあいつのアレは俺のことを女だと思っているからであって、男だって知ったらきっと大丈夫だし!」

「本当に?」

「え? 大丈夫、です、だ、よな?」


 俺の働き始めた思考能力が停止したのが解った。

 いや、俺が男だと知ったらあの男だって……うん、大丈夫なはずだ。いやまさか、中身はどうあれ、身体が女だから別にどうでもいいや、なんて……考えそうか!? あのカルヴィンとかいう男は短絡的そうな顔つきをしているし!

 そこで唐突に血の気が引いた。


「大体ね、君はこういうのもつけられているね? これ、王都で見たことがあるんだ。厭ってほどよく見てきたよ? 主に、我がオルコット家で」

 そこで、ジャスティーンが俺の手首にあったブレスレットを撫でた。そういや、改造してあるとはいえ、これはジャスティーンの兄に押し付けられたやつだ。

 そして……。

「反対されてるんだ」

 俺は眉根を寄せて言った。「俺、団長から離れるようにって言われていて」

「だろうと思った。本当、君は目を離すとろくなことに巻き込まれる体質らしい。少なくとも、兄の言葉は完全に無視してくれていいから」

「でも」

「エーメの言葉も、あの無責任な侍女の言葉も同じだ。我々の未来に口を出す権利は誰にもないはずだしね。まあ、恋というものは障害が多いほど燃え上がるらしいけどね、私は障害なんて何もない関係を築きたいんだよ」

 そう言いながら、彼女は俺のブラウスをさらにはだけさせて、剝き出しになった腹を撫でてくる。


 無理無理無理!

 俺はそこでまた首を必死に横に振る。すると、やっと彼女は表情を和らげ、楽しそうに笑った。

「せっかく、二人きりなのに。まだ駄目?」

「駄目です、いや、駄目だ!」

「んー」

 彼女はそこで何か良からぬことを考えるような表情を作り、首を傾げて見せた。その後、やっぱりとんでもない提案をしてきた。

「じゃあ、メイド服に着替えて、私の膝の上に乗ってくれない? 少しだけ、恋人同士みたいな時間を過ごしたい」


 ――それ、絶対恋人同士じゃないだろ!


 そう思ったけれど。

 ソファの上で『最後まで』されてしまうよりは、マシだな、と思ってしまう俺だった。え、これって何か間違ってないか? 何だか、ヤバい状況に慣らされてきてる?


 そして俺はカニンガムの国境の傍で何があったのか、彼女に話すことになった。俺が彼らから聞いたことの全てを伝えたけれど、多分――聞いていない部分も多いだろう。あのヴァレンタインという魔術師に関しては、ほとんど謎だし。

 で、そんなことをメイド服で説明したわけだけれど。最後までやらないと言われたわりに、色々なところを触られて途方に暮れた。

 泣いていいだろうか。

 どうしてこうなった。

 しかも、とうとう『ジャス』と呼ばされることになった。じゃないと……考えたくもない、恥ずかしいことをされそうになったので仕方なく、である。


 もう一度言いたい。どうしてこうなった。

 泣きたい。

 心の中でそう呟いたつもりが言葉に出ていたみたいで、ジャスティーンに「泣きたい? どこで? ベッド……」と言いかけられて、必死にその唇を俺の手で塞ぐことになる。

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