第15話 来客のようだ
「お前、この後どうすんだよ」
時々魔物を狩りつつの移動中、俺の横にデクスターが馬を寄せてきて小声で訊いてくる。
「どうするって?」
俺が首を傾げると、デクスターの視線が前方で他の団員たちに何か指示をしているジャスティーンの背中に向かった。
「さっきから見てたけど、何だかお前たち、いい感じだろ? このままずっと女の身体の方がいいんじゃないか? きっと大切にしてもらえるだろうし、そうしたら人生チョロくなるぞ?」
「……いや、魔力が多い方が人生チョロいと思う」
俺は小さくため息をこぼしながら返した。「だから、何としてでも男に戻るつもりだよ」
「でも、どうやって?」
「うーん」
俺はふとそこで首を傾げた。「まず、情報収集が必要だろうな。ここでの任務、ちゃんと定期的に休日があるだろう? そこでちょっと外出してくるつもりなんだ」
そう、休日は皆で順番にもらっているらしい。俺やデクスターは新人だから、しばらくは休日があっても外出は控えて宿舎に引きこもっているかもしれないが、他の団員たちは村に遊びに行ったり好きにしているんだと聞く。
そして俺はやるべきことがあるわけで。
魔女の集会と休みが合えばいいんだが、と思う。集会は夜に行われるから、最悪、休みじゃなくても行けるかもしれない。
魔女の集会にはずっと参加していなかったが、あれほど情報が集まる場所は他にないと解っている。
どうせスモールウッド家の変人たちは面倒臭がって参加しないだろうし、俺も今は女性の姿だからこっそり参加しても目立ちはしないだろう。男性の魔女が参加したら、女どもの餌食になるのは確定だが。
魔女の集会は二番目の月が新月になった時だから……後一か月ほどだろうか。
俺はまだ明るい空を見上げながら考える。
今、空に浮かんでいるのは一番目の月だ。白くて大きい。
二番目の月は夜、姿を見せる。赤みを帯びて輝き、不思議な魔力を放つ。そして、その年の時期によって大きくなったり小さくなったりするのだが、俺たち魔女の一族は二番目の月の影響を受けやすいのだ。大きい時は俺たちの魔力も強まり、小さい時は弱まる。新月の時は――。
「今の俺より弱くなるのか……」
と、独り言をこぼしてしまった。
今の俺だって、一般的な女性の魔女と同等くらいの力はあるけれども。
以前の魔力の強さに慣れているせいで、どうも落ち着かないのだ。本当に自分が弱くなったと自覚できてしまうから。
「ん? 何か言ったか?」
デクスターが俺の小さな声を聞いたようでそう言ったが、俺は軽く首を横に振って笑って見せた。
「いや、別に」
「そうか? で、俺に手伝えそうなことあるか?」
「え?」
まさか手伝ってくれるつもりなのか、と俺が目を見開いていると、彼は酷く真剣な表情で続けた。
「お前のお姉さんを見て思ったんだが、魔女って美人多い? 性格良さそうな女の子いる? できれば、お姉さんみたいな激しいタイプはご遠慮したいんだが、ちょっとエロいくらいがいい」
「……」
何を真剣に言っているんだか。
俺は残念なものを見るような目でデクスターを見つめていると、さすがに気まずくなったのか彼は俺から目をそらした。
「無理か」
「やめておいた方がいい。俺が知る限り、顔がよくても頭のおかしい魔女しかいない。だから、村で可愛い女の子を探すとかした方が……」
「……村かあ……」
デクスターは視線を宙に彷徨わせ、落ち込んだように小さく続けた。「真面目な子が多そうなイメージなんだよなあ」
「お前、どんな相手を探してんの」
「適当に遊べる相手」
「最低」
俺が思わずそう呟くと、何故か肩を叩かれた。どういう意味だ。
それからは順調に任務を進めていき、空が赤く染まる頃には帰途についた。
ダイアナはもうとっくに俺の監視に飽きて宿舎に帰ってしまっていて、俺としてはとても気楽な時間を過ごせたわけだ。やっぱりあの危険人物が一緒だと心が落ち着かない。
皆と魔物を倒して回収した素材はそれなりの量になって、誰も怪我一つせずに帰ることができた平穏な道のり。
そして気が付くと、俺の横でジャスティーンが並んで馬を歩かせている。彼女は俺が考えていたよりもずっと気さくに色々話しかけてくれる。まあ、事あるごとに口説き文句を投げかけてくるものの、俺の表情を窺い、無理に近づいてこようとはしないのもありがたかった。
そんな平穏さが消えたのは、警備団の建物が遠くに見え始めてきてからだ。
「……どうも、来客のようだ」
ジャスティーンが眉を顰めながらそう言って、皆の顔をぐるりと見回してから大きな声で言った。「すまないが、私は先に帰る。皆は疲れているだろうし、のんびりでいいから気を付けて帰ってこい」
彼女は表情を引き締めて馬の腹を蹴り、あっという間に姿を消してしまった。
「来客?」
デクスターが困惑したように言うと、近くにいた騎士の一人が目を細めて頷いた。
「ああ、宿舎の前に見慣れない連中がいる」
「目がいいなあ」
デクスターが驚いてそう返し、俺も騎士の男性の真似をして目を細めてみる。
まだ遠くてよく解らないが、確かに宿舎の前に行き交う人たちが見える。黒くて大きな――馬車だろうか? 身分の高い貴族が乗りそうな馬車と、荷馬車のようなものが数台。かなり大人数だと思われる人間たちがその周りに立っていて、明らかに団員の姿ではないと思われた。
「また俺たちに続く新人が現れたのか」
デクスターはのんびりした口調で言うものの、周りの皆は首を傾げている。
「お前たち二人が来るってのは事前に聞いてたけど、それ以外は何もなかったよな」
「あれじゃねえ? ほら、前にちゃんと仕事しているか見に来た調査官がいたじゃん? 問題児だらけの俺たちが真面目に仕事してるかって」
「あー。そういうのもあったなあ」
なるほど。
そういうこともあるのか。
俺たちは口々に適当なことを言いつつ建物に向かったのだが。
「ヤバいぞ」
誰かがそう小さく呟いた。すると、俺の隣にいたデクスターも低く唸りながら頷いて見せる。
「何がヤバいんだ?」
俺がデクスターに声をかけると、彼は苦々しい表情でその黒い馬車を指さした。そこにあったのは、滅多に見られないほどしっかりした造りの馬車。そして、高レベルの防御魔法がかけられている。魔力持ちの人間ならば、その馬車の表面に魔術文字と美しい模様が浮かんでいることが見て取れるだろう。
そして――。
「王家の紋章まで入ってる」
デクスターが小声で囁いた後、そっと背筋を伸ばした。「ちょっと、真面目に働いているところを見せておかないとヤバいやつ。サボってるのがバレたら罰則くらいそう」
なるほど。
俺もそっと背筋を伸ばし、深呼吸をしておいた。
さらに近づいていくと、その黒い馬車の扉に金色の模様が入っているのが目に入る。それが王家の紋章。この国――カニンガム王国の国旗そのままの、ドラゴンと二本の剣をモチーフにした模様である。
その馬車の周りには、武装した王都騎士団の男性たちと、いかにも――といった王都魔術師団の制服連中。
俺たちが近づいていき、馬を厩舎に連れて行こうとするのを彼らは鋭い目で見守る。何だこれ、居心地が悪い。
そんなことを思いながら皆に教えてもらいながら色々と片づけをしていると。
「胃が痛い……」
と言いながら、警備団の建物から幽霊のように顔色を失ったイーサンが出てきた。ぶつぶつと何やら呟きつつ、俺たちの存在も目に入らない様子で宿舎の方へ歩いていくのを見て、俺たちは顔を見合わせる。
「何があったんですか?」
デクスターが彼に近づいてそう問いかける。俺たち全員が何があったのかとその返事を待っていると、イーサンはぎこちなく笑いながら眼鏡の奥の目を細めた。
「王女殿下が家出してきました」
「家出?」
俺は思わず馬車の周りに立っている連中に目をやった。騎士だけで十人以上、魔術師も五人。シンプルながらも質のいい侍女服に身を包んだ女性たちが数名、さらに召使らしき人間も十人ほど。かなりの大所帯である。
家出。
家出、とは?
家出とは、普通、一人で行方をくらますものだと思っていた。これではちょっとした旅行じゃないだろうか。それとも俺の認識不足だろうか。これはこれで家出なのか。
っていうか王女殿下?
何でこんなところに?
俺が困惑していると、イーサンがぎぎぎ、と音を立てそうな動きで首を動かして笑った。
「とても王女殿下が寝泊まりできるような客室ではないのに、何とか準備せねば。というか、客室が足りないから本館に一時的にうちの団員を移動させて部屋を空けるしかない。これは何の嫌がらせなのか。神は私を見放しているのか」
あ、お疲れ様です。
とにかく大変そうだと思って俺は彼から目をそらす。
そして、イーサンは誰に聞かせるともなく、ぼそりと続けた。
「よりにもよって団長と王女殿下。また問題を起こすつもりなのか……」
そう言えば。
ジャスティーンはこの国の王女に手を出したとか何とか言っていたはずだ。
つまり。
もしかしたら。
その考えが正しいと解ったのは、それからすぐのこと。任務の終了を報告するためにジャスティーンの執務室へ向かう騎士の後をついていく俺たち。どう見ても野次馬だが、興味津々といった皆がぞろぞろと廊下を歩いていくと、執務室の前にジャスティーンと『王女殿下』がいた。その様子は、確かに――ただならぬ関係を思わせるほど、二人の位置が近かったのだった。
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