第13話 昼間の任務
「……朝から疲れたな」
何かと騒がしい朝食が終わって、今日の任務の始まり――ということになったわけだが、俺はもうすでにぐったりしていた。もちろん、体力的にではなく精神的に、だ。
でも、俺は気合を入れ直して服を着替えた。巻きスカートがついているとはいえ、やっぱりズボン姿の制服は心が落ち着く。やっと気分が浮上してきたような気がした。
そして、他の団員たちも食事を終えて着替え、宿舎の外に次々と出て行く。
この時、夜に見回りをしている団員たちと入れ替わりになる。シフトの交代は月が変わるたびに行われるそうで、俺とデクスターはまず昼間の仕事を一か月かけて覚えるようにと言われた。そして来月は夜間の任務になるようだ。
昼間の任務は夜よりも楽らしい。
それは魔物の出現率が昼間の方が低いという意味で、である。それでも、魔物が出たら思い切り戦えるだろうし、俺も気分転換になるだろう。
それに、今の女性の身体でどれだけ戦えるのか確認したいし。
そんなことを考えながら厩舎の方へ向かうと。
「さあ、おいで」
ジャスティーンが両腕を開いて、俺の前で『こっちに来い』というアピールをしている。俺は目を細めて彼女を見つめてから、そっと首を動かして少し離れた場所にいるイーサンに目をやった。
イーサンは額に手を置いたまま固まっている。
助けて欲しいんだけどな? という、思いを抱いてため息をつくと、イーサンがのろのろと口を開いた。
「……団長、執務室には書類がたまってまして」
「君に任せた」
「……酷い」
諦めるのが早すぎるイーサンは、そのまま疲れたような足取りで本館へと向かう。それを見送った俺は、俺から少し遅れて厩舎の前にやってきたデクスターの背後に隠れてジャスティーンの視線を避けた。
……と思ったら、デクスターが俺の手を掴んで前に押し出して、気が付いたらジャスティーンに抱きしめられているという罠にかかった。
あまりにもびっくりして変な声を上げ、必死にジャスティーンの腕の中から逃げたら、周りの連中に笑われた。
「威嚇する猫みたいだな」
くっくっと喉を鳴らしながら笑うデクスターにムカついて、ついその背後から蹴りを入れる。どうやら俺の姿が毛を逆立てた猫みたいなんだと言う。失敬な。
「とにかく、今日は私が一緒に行こう」
ジャスティーンがその場に集まっている団員に向かって口を開く。「皆もそれで問題はないだろう?」
もちろん、この場で一番偉い団長の言葉に逆らう人間などいない。
ジャスティーンはこの場にいる団員たちよりもずっと楽しそうにしていて、厩舎から馬を引いてきた。普通、一番偉い人は執務室でふんぞり返っているべきだと思うんだが……気が付いたら俺の横に立って色々説明してくれている。
それは確かに助かるけど。
助かるけど。
流れるような口説き文句がそれについてくるのは大問題だと思う。
「見れば見るほど、君は私の好みに合致すると思うんだよ。君はどうかな。私のことは恋愛対象とは見られない?」
男装の麗人はどこまで本気なのか知らないが、そんなことを言う。
今、仕事中だよな? そんなことを言われても困るし、考えたくない。俺の意識は仕事に向かっているわけだし。
「疑問なんですが、団長は婚約者とかいないんですか?」
俺は素でそう訊いてみた。ジャスティーンは――こう言っては失礼かもしれないが、もうとっくに結婚していてもおかしくない年頃だ。
「団長じゃなくジャスと呼んでくれ」
彼女はさりげなく俺の肩に触れて微笑む。その圧が凄いから俺の腰が引けるし、愛称で呼ぶのは無理。
「身分が高い方は、年頃になると同じような身分の方と結婚するのだと思ってました」
そう続けて言うと、彼女は困ったように眉根を寄せた。
「……君は、私が普通に結婚できると思う?」
まあ、思わないけど。
とりあえず、答えになるかどうか解らないが目をそらしておいた。
そんなやりとりをしながら、俺たちはそれぞれ任務のために行動を始めた。昼間の班は、馬に乗った騎士と魔術師たち、空から見回りをする竜騎士たちがいる。
このまま、陽が暮れる時間帯になるまで異変のありそうな場所を探して動き回るらしい。携帯食を持っていくので、昼も宿舎に戻ることはない。
そしてそんな俺たちを見物するかのようにダイアナも姿を見せた。
「勝手についていくわよ」
そう言った問題児の姉は、森の中には似つかわしくない白いドレス姿で歩いている。俺が厭だと言っても彼女は勝手についてくるだろう。移動は全て徒歩、もしくは秘術による飛翔。彼女に馬は必要ない。
そして今日の任務で一番派手な働きをしたのも、ダイアナだった。
昼間の森の中は、それほど危険ではない。
魔物が出るところは大体似通っているんだろう。身を隠すことができて、人間があまり近づいてこれないような場所だ。彼らが活発的に行動するのは夜だから、それまで寝ていることも多い。
しかし、馬に乗って移動する俺たちにつかず離れずの状態でついてきたダイアナは時折、獣道を見つけると森の奥深くに姿を消した。
ダイアナは辺境警備団にとって部外者であり、ジャスティーンが気にかける必要はないと思う。それでも、姉が姿を消すたびにその後を追っていく。そして、ダイアナが嬉々として魔物を隠れ家から追い出し、戦ってとどめをさすのを見届けた。
「君の姉上は……凄いな」
そして現在、鬱蒼と茂る森の真ん中でジャスティーンは素直に感嘆の声を上げている。
俺以外の人間はきっと、純粋に驚いたと思う。
まるでピクニックでもするかのような軽装で、何の危機感も覚えていないであろう美少女(中身は化け物)が踊るような動きで魔物を瞬殺するのだから。
目の前にいる魔物は一頭のフェドーラだ。巨大なオオトカゲは、おそらくそれまで眠っていたのだろう。ダイアナが無理やり叩き起こしたせいか、気が立っていた。
しかし、ダイアナは右手を軽く上げて魔力を手のひらに集め――その直後、フェドーラの首があっさりと刎ね飛ばされる。
舞い踊る血と、少しだけ遅れて地面に倒れ伏す肉塊。
踊るような足取りでそれに近づく姉は、嬉々としてその巨大な躰を秘術で切り刻んで魔石を取り出していくのだ。
「あら、立派な魔石。これはうちのコートニーが喜びそうね」
魔物の血で汚れた魔石を愛おしそうに見下ろすダイアナは、いくらとんでもない美少女だとはいえ、持っている雰囲気が異様だ。だから、誰も近づきたくないだろう。
俺は小さくため息をこぼしてから、そっと声をかける。
「姉さん。一体、何のために一緒に来たんですか」
「あら」
そこで、ダイアナが怪訝そうに首を傾げた。「そう言えば何故、わたしは魔物を倒しているのかしら。あなたがちゃんと仕事ができるかどうかを見に来たはずなのにね……」
「自重してください」
「あなたの仕事が遅いからでしょ?」
「先に奪う方が悪いのでは」
「その口、閉じさせることもできるって知ってる?」
「すみません」
ヤバいと思ったらすぐに謝罪。これが俺のスタイルである。これまで生きてきたことにより学んだこと。何があっても姉に逆らってはいけない。
「でも、この魔石はもらってもいいのかしら。わたしが倒したわけだし」
彼女の意識はすぐに俺じゃなくて魔石に向いた。
魔物の心臓の中には、魔石と呼ばれる魔力の結晶が埋まっている。これが魔物の力の源。そして、人間たちはこれを回収すると魔道具の動力源として使うわけだ。
通常、魔物を倒して回収した魔石は商業ギルドに持ち込まれることが多い。個人取引の店に持ち込むと安く叩かれることが多いからだ。
そして、ギルドにて売り出された魔石は魔道具技師などといった人たちの手に渡る。しかし、魔力量の多い魔石は高くても人気があるから、なかなか手に入らない。
「これ、買ったら結構するでしょ?」
「いや、でも」
俺が困惑してジャスティーンに目をやると、彼女は苦笑交じりに口を開いた。
「任務中に倒した魔物から採取できる素材は、全て警備団の成果として回収することになっている。何しろ、こんな辺境の地では金を稼ぐのも方法が限られてしまうからね、重要な収入源なんだよ。できればその魔石もこちらに回してもらえると助かるんだ、君の宿泊費という意味でも――」
「ええ?」
それを聞いた姉が不満そうに魔石を両手で包み込む。「宿泊費? だったら、うちの弟の身体をおもちゃにしてもいいから、その代わりにこれが欲しいわ!」
「おもちゃ……」
ジャスティーンがそれを聞いて、そっと表情を引き締めた。
――まさか、まさかそんなことは。
俺は口元を引きつらせながら、二人の様子を見守った。
「よし、売ろう」
――言った!
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