第12話 メイド服
翌朝からとんでもないことになった。
いや、ありがたく一人部屋でのんびり就寝し、窓の外がうっすら明るくなり始めた早朝に目が覚めたのだが、まるでその起きるタイミングを見計らったかのようにドアが叩かれ、警戒しつつ鍵を開けると――完全に寝不足顔のイーサンが幽霊のように立っていた。
正直、かなりビビった。
「お、おはようございます……」
引きつりながらも笑顔でそう声をかけると、廊下に運んできていたらしい布袋が次々に俺の前に積まれていく。
「新しい制服はこの袋、私服として使っていただくのはこちら、夜着はこちらを使ってください。それ以外の細かいものはこちら、そしてこれが厨房での制服」
イーサンは無の表情で口早に言った後、俺のことを凄く厭そうに見つめてため息をついた。「団長にこの光景を見られたら私の身が危ないので、次回からはドアを開ける前にもうちょっとマシな服装でお願いします」
「は?」
ぱたんとドアが閉められ、俺は布袋の山と一緒にその場に残される。そして改めて自分の格好を見下ろせば、そういや男物のシャツと当然ながら男物の下着。白くて細い両足がむき出しのままだった。
いや、寝る前によくよく見てみたら、女の子の太腿とかふくらはぎって細いんだなあ、と感心してそのままベッドに入ったんだった。気候も寒いわけじゃないし、問題ないと思った。
何しろ、スモールウッド家はお風呂上りに全裸で屋敷の中を歩き回る露出狂……じゃなかった、双子の姉がいる。豊満で形の良い胸をわざと俺の前に見せにくるくらいの変態だ。
あれに比べれば俺は可愛いものだと思うが――。
でも普通は、女の子というのは恥ずかしいという概念を持っているのかもしれない。気を付けよう。
そんなことを考えながら、布袋を開いていくとなかなか充実した内容に驚くことになった。それと同時に、イーサンはどんな顔をしてこれを準備してくれたのか。
俺は小さな女性用の下着を開き、深いため息をこぼした。そりゃ、家では俺が家族全員の服を洗濯していたから、女性用の下着など厭というほど見ているが、それを自分が身に着けると考えると急激に羞恥心というものが沸き上がってくる。
そうか。
これを俺が着るのか。
そういえば、俺はそのうち男に戻るために動くつもりだけれど。
女性の服装で相手と戦い、勝って男性に戻った時、もしかしたら女性の服を身に着けたまま男性の身体に戻ったりして、しかもそれを誰かに見られたら今度は俺が変態だと思われてしまう。
それはまずいのではないか。
これはまずい。女装は駄目だと思うんだが……。
「これは大丈夫……だろうか」
新しく用意してもらった任務中に着る制服は、これまでと同じ紺色のものだ。女物のシャツと紺色のベストと上着、ぴったりとしたズボンとブーツ。
ただ、そのズボンの上から巻きスカートみたいなものを付けるらしい。
まあ、可愛らしいといえば可愛らしいのかもしれない。でも、この格好で男性の身体に戻っても、そんなに違和感は……うーん?
それと比べてこっちは駄目だ!
そう思ったのは、厨房での制服とやらだ。
エプロンがどうこう言っていたから、普通の服にエプロンをつけるだけだと思っていた。いや、これはどう見てもメイド服である。
半袖の黒いブラウス、黒いスカートと白いエプロン。しかも、目立つレースがついていて――いや、可愛いよ。俺が着るんじゃなければな!?
っていうか、何だこっちは。ハイソックス? タイツ? ガーターベルト!?
いや、本当に俺がこれを着るのか。変態のレイラ姉とライラ姉が喜んで着そうな感じだけども。
マジか。
いや、封印すべきだ。見なかったことにしよう。どこかに隠して置ける場所は……。
そう途方に暮れていると、またドアが控えめにノックされて我に返る。
俺は慌てて昨日着ていた制服をクローゼットから取り出し、それを身に着けてからドアを開いた。
「やあ、おはよう」
そこには凄まじいまでに輝ける笑顔のジャスティーンがいた。まだ早朝ということもあって、彼女も随分と砕けた格好だ。白いシャツと黒いズボンだけで、俺を見下ろしながらどんどん距離を詰めてくる。いや、圧迫感があるんでもうちょっと遠くにいて欲しい。
「おはようございます……」
俺がぎこちなく笑みを返すと、彼女の視線は部屋の中に向いた。そこには散らばったままの布袋があり、まだ開け始めた途中だというのが彼女にも解ったのだろう。
「よかった、イーサンに指定しておいたんだがもう届いているんだな」
「……仕事、早いですね」
「有能だからな、彼は」
「寝不足っぽかったですけど」
「真面目だからな、彼は」
どういう論理だよ。
俺はただ困惑して首を傾げる。そんな間にも、ジャスティーンは厨房の制服――メイド服を見つけて目を輝かせた。
「ああ、早速これは今日から身に着けてもらいたいね! 着替えるの手伝おうか?」
「いえ、結構です!」
やっぱり身の危険を感じて俺は首をぷるぷると横に振った。
「やっぱり、目の保養になる美少女が食事を運んでくれるというのは、士気にも関わると思うのだよ。その姿で朝食を作ってもらって、できれば朝のお茶などを持って部屋まで知らせにきて欲しい」
「は?」
「食事の用意ができました、と言いながら私を起こしに来てくれないか」
凄く大真面目に言っているようだが、それは俺の仕事のうちに入らないと思うんだ。
俺はここに、魔物と戦ったり盗賊とか捕まえたり、治安の維持のために来ているはずなんだ。何故、そんな召使のようなことをしなくてはいけないのか。
「そのついでに、その格好の君をベッドに引きずり込めたら幸せだと思うよ」
「俺は不幸ですけどね!?」
くわっと目を見開いて叫ぶと、ジャスティーンが肩を震わせながら笑った。
全然笑えないから、その冗談!
「それに、髪の毛、伸ばした方が似合うと思う」
そこで急に、ジャスティーンが手を伸ばして俺の短い髪の毛に触れた。
慌てて身を引くと、残念そうに彼女が笑う。
「魔女の秘術とやらで、髪の毛を伸ばすことはできないのか? 君は髪の毛に癖がないから、まっすぐ伸びるだろうね」
「そんな秘術はないです」
それは嘘だ。あるし、使える。でも、絶対に認めない。短い髪の毛のまま生きてやる。
「さあ、着替えを手伝おう。そろそろ料理人も起き出してきているし、厨房に一緒に行こうか?」
「手伝いは不要です、俺一人だけで」
「メイド服は強制だから」
「何故!?」
「私の金から出ているんだ、他の服も全部。出資者の願いは聞くべきじゃないのか?」
「いやいやいや!」
そして結局、俺はメイド服を着せられたというわけだ。早朝から俺の叫びが宿舎の中に響き渡ったかもしれないが、それで他の皆には察してもらいたいところだ。
「……お前」
食堂で寝ぐせが付いたままのデクスターに言われた。「新しい世界に突入したんだな」
「泣きたい」
俺は無理やりメイド服に着せ替えられ、食事を作ることになってしまった。料理人のおっちゃんたちには何故か拍手されたし、スカートの下から覗き込んでもいいかと言われた。もちろん、それは断ったが。
次々と食堂に姿を見せる団員たちも笑ったり、いたずらしたいと言い出したり。そういうのにはヤケになりつつ笑顔で拒否の言葉を投げて逃げておいた。
本当、泣きたい。
そんな朝から災難交じりの時間を過ごしつつも、厨房の一部を使って朝の任務完了。
焼き立てのパンとサラダ、オムレツとソーセージ、具沢山のシチューという、普通の朝食。それをにやにや笑いつつ待っているジャスティーンの前に置き、相変わらず無の表情のイーサンにも提供し、多分まだ寝ているであろうダイアナのところにも持って行かねばならない……って。
着替えてから行きたい。
俺はせめてもの抵抗として、エプロンだけ外して姉の寝ている客室のドアを叩いた。食事の時間が遅れるととんでもなく不機嫌になる姉だから、とにかく渡すだけでも急いで終わらせて逃げてくれば――と思ったのだ。
そしてその結果、寝起きの姉にすげえ目で見られた後、鼻で嗤われたのだった。
軽く死ねる。
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