第11話 私が狙っているので

「……という、家で育ってきたんです」

 食事の席で、俺は簡単にスモールウッド家のことを伝えた。変人ばかりの俺の家族は、危険性の低い人間など一人もいない。これから間違いなく迷惑をかけるだろうと思ったから、説明は必要だ。

 食堂はざわついていたし、近くに座っている団員たちの中にはこちらの会話を気にしている様子も見て取れたけれど、俺はぐったりしていたせいかあまり気にならなかった。

「へー、大変だったんだなあ。あ、これもーらい」

 俺の隣に座っているデクスターにとっては、この話は全くの他人事、聞いたことは右耳から左耳に突き抜けて消えていくようだ。俺の皿からチキンのグリルを切り分けて勝手に食い、満足そうに笑う。殴りたい。

「なるほど、大体は解った」

 俺の目の前に座ったジャスティーンは、何とも微妙な顔で俺を見つめた後、ゆっくりと食事を開始した。彼女の目の前には俺が作った料理が並んでいて、お世辞なのかもしれないがすぐに「美味いな」と言ってくれた。

 そう言えば、スモールウッド家では純粋に「美味しい」と言ってくれた人間はいなかったな、と思い出してしまう。自分の希望と不満文句しか出てこない姉たち、使用人などいないのに完璧な食事が出てきて当然と思っている母。もう少し感謝をもらえたら、家出までしようとは……思わなかった、とは言えない。うん、最終的には家出したと思う。

 さすがに八十歳の女性と結婚はしたくない。


「胃に優しい食事って貴重なんですね……」

 ジャスティーンの隣にはイーサンが泣きそうな顔でフォークを片手に固まっていた。あっさり味付けの食事が口に合ったらしく、すぐに彼が俺を見て軽く頭を下げた。

「明日からもよろしくお願いします。胸焼けのしない生活って素晴らしいですね」


 ――可哀そうに。


 俺はデクスターの前にある、他の団員が食べているものと同じ内容の料理を見て頷いた。胃が元気な時は絶対に美味しいと思うであろう、がっつりこってり肉の塊。

 とりあえず、俺も勝手に彼の料理の一部を奪って食べておいた。

「おい」

「美味しいです、ありがとうございます」

 俺を睨みつけるデクスターににやりと笑って返すと、少しだけ目の前にいるジャスティーンの目が鋭くなったように思えた。

「うちの新人たちは仲がいいようだ」

「え?」

「そりゃ、仲良くなりたいし」

 困惑する俺と、妙に裏のあるような口調で言うデクスター。そして、ジャスティーンの目がさらに細められた。

「どうも、気に入らんな」

 彼女はテーブルに頬杖をつき、改めて俺を見る。「ユージーン、君はどうやら特殊な家庭に育ったせいで、女性不信みたいなところがあるようだ」

「え、ああ、そうですね」

 俺は素直に頷いた。

 デクスターもイーサンも、三階にいるうちの姉を思い出したのだろう、同情的な目で俺を見つめている。しかし、ジャスティーンの目にはそんな感情は見えない。同情ではなくて、何か別のもの、だ。

「かといって、男性が好きというわけではあるまい?」

「はあ?」

「男性と恋愛関係になろうなんてことは」

「ないです」

 俺は目を細めて彼女を睨みつけると、彼女は静かに続けた。

「では私はどうだろうか」

「どう、とは?」

 俺は首を傾げる。一体何を言い出したのか、この警備団の団長は。デクスターも食事の手をとめて、首を傾げている。

「苦手だと思うか?」


 そこで何故か、俺はデクスターと顔を見合わせてしまった。何て応えたらいいのだろうか、と悩んだからだ。

 俺はこれまでずっと、スモールウッド家に引きこもっていたような生活を送ってきたから、外の人間との接点がない。人付き合いと呼べるほどのこともしてこなかった。

 潤滑な人間関係のための言葉なんてものも知らない。

 しかし。


 ――苦手だと思うか。


 苦手だと言ったら、相手が傷つくだろうということはもちろん予想がつく。

 でも真面目な話、ジャスティーンは女性だが、男装しているということと口調が女らしくないということもあって、他の女性に対して抱くような警戒心が起こらないのは事実だった。

 改めて考えてみたが、俺は全ての女性がではなく、うちの姉たちのような女性が苦手なんだろう。我が儘で勝手で、他人がどうなろうと気にしない、その上で自分の立場が優位であればそれを振りかざす、女性以前にそれ以外のところが駄目な存在。


「いや、別にそんなことはないです」

 じっくり考えてそう返すと、ジャスティーンはほっとしたように微笑む。

 それが何とも……うん、上手く言えない。

 わざと男性的であるように見せている美貌が、どうも倒錯的な感じがして自分の腰の据わりが悪くなってしまう。ぎこちなく彼女の視線を避けて料理に目を落とすと、彼女はさらに機嫌良さそうに続けた。

「それなら、可能性はあるということだ」

 その直後、イーサンが低い美声で言う。

「何の可能性ですか。不祥事につながるようなことなら、全力で潰させてもらいますが」

「何を言うか、よく考えてみたまえ。私の性的な欲求の相手は、こう……守ってやりたくなるような美少女なのだよ」

「大声で言うようなことでもありませんね」

「そしてこの警備団には、女の子など一人もいなかった。料理人ですら全員男、という、ある意味残念な職場である」

「それも酷い言い草ですね」

「そんな中、素晴らしい逸材がやってきたわけだ。ユージーン・スモールウッド、男性であるのに今は肉体だけ女になってしまった、哀れな被害者。しかも私好みの美少女であり、料理も上手く、性格も悪くない。というか、真面目なところがもの凄く好きなタイプなのだよ。そしてそれ以上に、苦労してきた過去を持っていて傷ついている。守ってやりたくなるタイプ、そのものじゃないか」

「……いや、団長……」

「もうこれは運命ではないだろうか。いいかイーサン。ユージーンは間違いなく本質は男性。だから、いくら身体が女性でも他の男性団員では手が出せまい。しかし私は違う。私はこう見えても女であり、男性であるユージーンに手を出しても許される存在なのだ。つまり、恋仲になっても誰も咎めることはできない。肉体関係を持ったとしても問題はない。そういうことだ!」

「大間違いですけどね」

 イーサンが額に手を置いて、深いため息をついた。

 しかし、ジャスティーンは開き直ったように胸を張り、何故か立ち上がってぐるりと食堂の中を見回して大声で言った。

「ということだから、諸君! このユージーンは私が狙っているので、君たちは手を出さないこと! 口説こうとしたら決闘を申し込む!」


 ……?


 俺はぽかんとしてジャスティーンを見上げていて、一瞬遅れてデクスターが肩を震わせながら笑いだし、イーサンはゆらりと立ち上がって上司の肩を掴み、椅子に座らせる。


 そして、食堂の中からざわめきと共に色々な会話が聞こえる。

「団長が狙ってると言われるとなあ……」

「可愛いから一晩くらい……とは思ってもなー……」

「中身男だと思うと無理だろ」

「いや、今は女なんだし」

 みたいな。


 ――無理無理無理!


 俺は慌てて首を横に振って、必死に言葉を探した。

「すみませんが、俺、そういうことには慣れていないんで! できれば誰とも、男同士の付き合いができればと思ってるんで!」

「ところで、君は食事を作ってくれることになったし」

 全く俺の言葉を聞いていないジャクリーンが、何かに気づいたように手を叩いた。「可愛いエプロンとか似合いそうだから用意しよう。考えてみればイーサンが用意した団員の制服も男の子みたいで、似合ってはいるけれど可憐さが足りない。もう少しデザインを考え直そう」

「いやいやいや」

「着替えも足りないだろう。それも私が用意するから」

「いえ、本当にいらないです!」

 俺が椅子から立ち上がって言うも、相手は本当に楽しそうで俺の必死の言葉も届かないようだ。

 死んだ魚のような目をしたイーサンに向かって、ジャスティーンは色々指示を始めていたし、デクスターは「エプロンって可愛いよな」と言いながら食事を再開していたし。

 しかも。

「ユージーン」

 ジャスティーンが今までで一番の優しい微笑みをこちらに向け、思わず俺は身体を硬直させる。彼女は心の底から俺のことを心配しているんだ、と言いたげな表情でさらに言うのだ。

「君は女性が苦手だと言ったが、少しずつ歩み寄っていこう。私は君を傷つけないようにするし、何があっても守ってあげよう。君の他の家族が君を連れ戻しにきたとしても、引き留めるから」


 そ、それはありがたいけれど。

 でも。

 本当にこれでいいのか。

 何か間違っていないだろうか。

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