第5話 宿舎の中へ

「それで、今後はどうするつもりだ?」

 ジャスティーンは歩きながらそう俺に訊いてきた。

 今後。

 今後、か。

 俺は少しだけ考える。

「何とか彼女を見つけないといけませんね……」

 そう呟きながら周りをぐるりと見回すと、俺たちがこの場を離れようとしている団員たちも同じように帰り支度を始めているのが見えた。なぎ倒された木々の後処理をどうするか言い合っている人たちもいる。

 ……せっかく俺から魔力を奪ったんだから、掃除も全部済ませてから逃げてくれたらよかったのに、なんていう無茶なことを考えたりもする。

「あまり焦っているように見えないが……見つけたら、元に戻れるということかな?」

 ジャスティーンは何か考え込みながらそう問いかけてきて、俺も首を傾げつつ悩んで見せる。

「まあ、多分。元々、俺の胸にあった秘術紋は、俺のために構成された術式なんです。奪い返すのは簡単だと思いますよ? 発している魔力も特殊なので、探し出すのも難しくないでしょうし」

「そうか……」

 俺が馬に近寄って乗ろうとすると、さりげなく俺の腹に手を回してそれを押しとどめる。

 何だ、と俺が彼女を見上げた瞬間、マントにくるまった状態の俺の身体を軽々と担ぎ上げ、ジャスティーンの乗ってきた馬の背の上に運ばれた。

「その格好で馬を走らせるのは、他の男たちには嬉しい光景かもしれないが」


 ……なるほど。

 俺は自分の姿を改めて見下ろして納得した。あまり俺は気にしていなかったが、世間一般的には女性の肌というのは隠しておくべきものだったはずだ。

 俺の場合、家族が頭おかしい人間ばかりだったから気にしたこともなかったが。

 何しろ、自分の身だしなみには気を遣わない姉もいたし、風呂上りに裸で廊下を歩いている色気など皆無の馬鹿たちを何度見たか覚えていないくらいだ。つまりアレだ。女の裸なんか見飽きている。悪い意味で。


「とにかく、俺は適当に彼女を探してみようと思います」

「適当に?」

 ジャスティーンが俺を抱え込む体勢を取りつつ、馬に乗り込んできた。どうやら相乗りというわけらしい。こちらとしても、毒液で溶かされた制服のまま、大股開いて馬に乗る羽目にならずに済んで助かったから感謝すべきだろう。

「あ、すみません」

 と、軽く謝辞を述べた後に続ける。「適当にというのは、さっきの彼女がお姉さんたちに復讐した頃かな、と思えるタイミングを狙おうかな、ってことで」

 すると、ジャスティーンが苦笑した。

「……君は面白いな?」

「そうですか?」

「色々と興味深い過去を持っているようだ。君が今までどんな生活をしてきたのか、後で聞かせてもらいたい。その上で、改めて今後のことは考えよう。何しろ、我々の任務の最中に起きた事故なのだから、上司として放っておくわけにもいかない。何とか君の力になれるよう、手伝うつもりだよ」

「うーん」


 でも、それはどうなのか。

 明らかにあの魔女は俺を狙って魔物を操り、ここにやってきたわけで。

 つまり、俺がここにいなければ魔物の襲来などなかった。巻き込まれたのは辺境警備団の方じゃないのか。それに、それを口に出したら『それもそうだ、責任は取らなくていいな』と言われて警備団を首になる可能性だってある?

 うーん、それはそれで困る。

 俺はスモールウッド家を出てきた時、金目のものはほとんど置いてきてしまったから、安定した生活のためにも仕事は欲しい。

 俺はジャスティーンの視線を避けつつ、曖昧に頷いた。


「それで、最初の問題は君の部屋だな」

 あっという間に警備団の建物の中庭に到着し、馬を厩舎に入れて俺たちは宿舎の方へ歩いていく。中に入ってみれば、多少年季が入っているとはいえ立派な建物で、設備は充実しているみたいだった。

 一階は食堂、娯楽のための機材もある談話室、浴場に応接室といった感じだろうか。二階は団員のための寝室があって、そのほとんどが二人部屋として使用されている。

「さすがにケダモノだらけの二階に放り込むつもりはない。三階の部屋を使おう」

 ジャスティーンがそう言いながら、階段を上がっていく。

「残念。同室だと思ったのに」

 そう背後からデクスターの声が追いかけてくる。俺たちから少し遅れてやってきたデクスターも、二階にあるという二人部屋を覗きに行こうとしているところだった。

「上司の妻に手を出すような君なら、同室になった可愛い女の子に手を出すのも簡単だろう」

 ジャスティーンが笑いながらそう言うと、デクスターもあっさり頷いた。

「中身がどうあれ、身体が女なら気にしませんからね、俺」

「最低」

 俺はぼそりと呟いておく。

 すると、ジャスティーンが俺を手招きして三階の廊下へ案内してくれる。一階や二階と比べて、あまり人が通らないからなのか、廊下も壁も随分と綺麗な感じがした。

 どうやら、客室もこのフロアにあるらしく、扉の造りも二階に比べると重厚な感じがする。

「三階には私の部屋もある。一応、女性は別のフロアにすることが規則とされているからね」

 そう言って、彼女は一番奥のドアが自室だと示してくれた。そして、それ以外の部屋ならどこでも使っていいと言われたが……。

「私の部屋の隣にするか?」

 ジャスティーンが半分本気でそう言葉を続けたけれど、それは丁重にお断りした。

「すみません、俺の寝言がうるさいと思われるので」

「ああ、そうだったな」

 ジャスティーンは思い出したように笑ったが、俺が彼女の部屋から遠い扉で足をとめ、ノブを回そうとするとその手を掴んできた。「何か困ったことがあれば、いつでも相談してくれ」


 う、うーん?

 俺が眉を顰めて彼女を見上げた時、階下から上がってきたイーサンが大きな布袋を俺の前に差し出してきた。


「いいところで邪魔をするね?」

 ジャスティーンの顔から笑みが消える。

 俺はイーサンから受け取った袋を覗き込み、そこに新しい制服が入っているのを確認するとお礼を言おうと顔を上げるが――。


「悪い癖を出さないでいただきたいのですが、団長?」

 イーサンの目は据わっていた。明らかにこれから起こることを理解していると言いたげな表情というか。俺もだんだん、彼が何を警戒しているのか察し始めたわけだ。

「悪い癖など出ないし、そんな癖はない」

 ふ、と唇を歪めるようにして笑った彼女に、イーサンは眼鏡の奥の目を細めて続けた。

「第二王女に手を出してここに飛ばされたあなたが何を言うんですか」

 その言葉は、明らかに俺に事情を説明しようとしているものだった。

 っていうか第二王女って何だ。手を出したってどういうことだ。

「手を出した?」

 俺が布袋を抱きしめつつ首を傾げると、ジャスティーンは妙に優しく微笑んだ。

「いや、正確には違う。私が手を出された方だ。傷ついて慰めて欲しいと言われて、一緒にいただけで何も問題はない」

「問題ありありですがね? いくら性別的に女性同士であろうと、一晩、あらぬ格好で過ごせば問題になるとどんな馬鹿でも解るでしょうに」

 イーサンがずり落ちた眼鏡を指先で持ち上げながらため息をついた。頭痛を覚えたように目頭を押さえた彼は、多分、近いうちに心労で禿げるだろう。そんな予感がする。

「女同士なんだから閨を共にしたとしても問題はないはずだが」

「ありありだって言ってるんですー」

 イーサンはそこで厳しくジャスティーンを睨みつけると、俺の両肩に手を置いて言った。「鍵をかけて寝るようにしてください。気が付いたら襲われているかもしれませんからね、うちの一番の問題児に」

「団長に向かってその口の利き方は」

「尊敬できる団長でしたら言いませんでしたけどね!」


 あー……、うん。

 何か色々理解した気がした。さすが問題児の左遷先、辺境警備団。団長もただの男装の麗人じゃなくて、やばい人だったらしい。

 俺がこっそりと部屋の中に入ろうとしたのだけれど、それを目ざとく察知したジャスティーンが今までで一番無邪気な笑みを投げてきた。

「私のことは気安くジャスと呼んでくれていい」

「え」

「駄目ですー。団長が団の風紀を乱すことをしたら、下の人間に示しが」

「今更だろう」


 そんな言い合いをしている二人のことを放置して、俺は素早く部屋の中に逃げ込んだ。何だかよく解らないが、色々なところが前途多難な気がする。

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