第4話 魔女の一族の出生率
服が破れているため、見下ろした先の肌がはっきり見えた。
俺の心臓の上の肌には、秘術による紋章のようなものが生まれた時からあった。でもそのあるべきところに今は何もない。女の子の白い肌と、柔らかそうな膨らみが二つ。
「……嘘? いや、夢か」
俺は現実逃避したくなったが、相変わらず辺りに漂う血の匂いや土臭さがこれを夢ではないと伝えてきている。でも受け入れ難くてその場から立ち上がれずにいると、急に上から布が降ってきた。
布――それはマントだった。
気が付いたらジャスティーンが俺の傍らに立っていて、男だったら何でもなかったはずの格好――毒液に溶かされてあられもない姿になった俺の身体を、マントで覆い隠してくれていた。女の子の肉体になったことで、身長も低くなったのか男物の服がだぶついていて残念な姿でもある。
「立てるか、少年、と言いたいところだが」
ジャスティーンは俺の身体を支えながら立ち上がらせた。「随分と可愛らしくなったことだ」
「……ええと」
立ち上がった俺は、ぐるりと辺りを見回した。なぎ倒された木々、地面に転がった魔物の死体、団員にも怪我人多数。でも、腕を斬りおとされたはずの騎士はぴんぴんしていたし、状況が掴めていないようで足早にこちらに駆け寄ってくる。
「失礼します! 一体、何があったんですか? さっきの女魔術師は……いや、女? 男ですかね?」
元・怪我人だった騎士は、俺とジャスティーンの顔を交互に見やり、首を傾げている。
「まあ、その辺りは……」
俺の肩に置かれたジャスティーンの手に力が込められた。「説明してもらおうか、ユージーン君?」
「ええと……まあ、怪我人の治療でも行いながら解る範囲で説明します」
俺は引きつった笑みを浮かべ、小さくため息を吐いた。
「さっきの女魔術師……は、魔女です、魔女」
「魔女」
俺の言葉に相槌を返しながら、ジャスティーンは怪我をしていない騎士や魔術師たちを警備団の建物の方へ戻るよう促している。
「俺の一族とは違う魔女の血筋ですね。多分、おそらく」
「何故魔女だと解る? やはりあれか? あの魔力の波形が我々魔術師とは明確に違うが、それが証拠か?」
「まあ、そんな感じです。その辺の魔術師では太刀打ちできないくらいの魔力持ち、それが魔女です。そんな中、自慢じゃないですが、俺の一族――スモールウッド家というのは魔女として由緒正しい力を受け継いできた、凄い家なんですよ」
「自分で凄いとか言っちゃうんだ」
少し離れた場所からデクスターの声も飛んでくる。
ちらりとそちらに目をやると、興味津々といった双眸がこちらに向けられ、近くの岩に腰を下ろして完全に話を聞く体勢になっていた。
「事実、凄い血筋だと思いますよ? 下手に自由に動き回られると、国の治安が乱れそうなくらい、ヤバい力を持ってるのが俺たち魔女の一族なので」
「確かに、スモールウッド家は有名だ」
ジャスティーンが小さく笑って続けた。「王室から他言無用の依頼を受けてこなすこともあると聞いている」
「そうですね。金さえもらえれば何でもするのが魔女。基本的に、凄い魔力持ちだと言われていますが……」
「いますが?」
「うーん、どこから話せばいいのか悩みますね……」
俺は頭の中を整理してから説明する。
魔女の一族。
魔女の一族には男性も女性も存在している。女だけが魔女と呼ばれるわけではなく、男性も魔女なのだ。
始祖ともいえる遥か昔の俺たちの先祖は、何かヤバいものを契約して凄まじい魔力を得たとされているが……その辺りは記録が残っていないため、曖昧だ。理由は解らないがとにかく強い、それが魔女。
そして魔女の一族にも、一般的な貴族の爵位と似たような上下関係が存在している。魔力の大きい魔女がいる一族が上、ただそれだけだという単純さ。
しかし、スモールウッド家はその中でも上位に属していて、他の魔女一族よりも強い魔力持ちがいるということでも有名だった。
「魔女の力っていうのは、何故か男性の方が強いんですよ」
俺は怪我人の間を次々に渡り歩き、治療のための秘術を使って一瞬で治していく。「女性の魔女だってとんでもなく強いんですが、男性はさらにその上。俺みたいな男性の魔女は、凄く貴重なんです」
「貴重?」
ジャスティーンが困惑したように訊いてくる。
「はい。何故か魔女の一族の出生率っていうのは、女が遥かに上です。生まれた子供たちの九割以上が女、ごくまれに男、という感じでしょうか」
「じゃあ、ユージーンはその貴重なうちの一人なんだな?」
「えー、まあ、はい」
俺が歯切れ悪く応えたのを聞いて、どうやらジャスティーンは何か察したようだった。そこに意味があることを。
「実は……年々、男性の出生率が下がっているみたいでして。魔女の一族ってのはとにかく魔力の大きさを重要視する生き物なので、どこの魔女の家も必死なんですよ。男を生む、ということに」
「ほう?」
「我がスモールウッド家も……今は亡き父が子作りを頑張ったんですが、生まれてくるのが軒並み女でした。その人数は六人、俺の禄でもない姉、六人です」
気が付いたらほとんどの怪我人の治療を終え、もう宿舎に帰ってもいいだろうと思われる騎士たちですら俺の会話に聞き入っているようで、そこから動かない。
俺はついでに、翼に穴を空けられた飛竜にも治療の秘術を施していく。
「で、産んでも産んでも女ばかりだと絶望した母と、強大な魔力を我が子が生まれるたびに分け与え、そろそろ性的に枯渇しそうになって焦った父が、いつもの頭おかしい考え方を発揮して思いついたんです」
「頭おかしい……」
「母は『このままでは女ばかり産み続け、子供に魔力を分け与え続けた自分の美貌が衰える』と考え、父は『もう子作りは飽きたし疲れた』と嘆き、どんな秘術を使っても早く男を作らねば、神に逆らうことになっても気にするものか! と暴走しまして」
ジャスティーン、デクスター、顔色の悪いまま幽鬼のごとく立ち尽くす不健康そうなイーサン、その他大勢が無言でこちらの話を聞いているが……皆、微妙な表情だ。
「で、その秘術の結果、生まれたのが俺です。上の姉たち全員足しても余りある魔力持ちの秘蔵っ子、それが俺なんです。秘術を行った証として心臓の上に秘術紋があったんですが、今はありません。ほら、この通り」
と、かけてもらったマントをはだけて前――シミ一つない女性らしい形の胸を見せると、「おお」と歓声がいたるところから上がったが、すぐにジャスティーンによってマントの前を掻きあわされた。そして、今度は「おお」とテンション下がったような声が響く。
「多分、さっきの魔女はこの秘術を奪うのが目的でした」
俺はジャスティーンを見上げて続けた。困ったような彼女の顔は、少しだけ親近感を覚える。何だろう、男装の麗人という相手だからか、俺が一律的に感じる女性に対しての恐怖心が湧かない。
「今の俺は、以前ほどの魔力はありません。秘術ごと奪われてしまったんです。男としての能力全てを。その結果、多分、元々生まれるはずだった性別……女になってしまったのかな、とも思いますが」
「魔力を奪われたと言うが……」
ジャスティーンが額を軽く指で揉みながら続けた。「こうしているだけでも、君の魔力の強さは充分伝わってくるんだが?」
「そうですね、姉たちと同レベルくらいの魔力になった感じですね。魔女としては充分な強さだと思います」
「そうか……」
彼女は少しだけ信じられないと言いたげに俺を見つめ直した。
でもまあ、さっきの魔女の台詞を思い出してみると同情できてしまう俺がいるんだよな。
――これでもう、役立たずなんて呼ばせない! わたしが姉たちの上に立つんですよ!
あの魔女の声が耳の奥でこだまする。
なるほどな、予想はつく。
「女性の魔女だちというのは、それぞれ充分な魔力を持っているはずなんですが、その僅かな差で上下を付けたがる生き物なんですよ。少しでも弱ければ侮られる。強さを見せつけるために、弱者を嬲る。きっと先ほどの彼女も、俺と同じように姉たちに虐げられて生きてきた魔女の一人なんでしょう。頭おかしい姉たちに口にするのも憚られるようなことをされ、おかしくなってしまったんじゃないですかね。そして、男になって魔力を得て、姉に復讐してやる。勝手な想像ですが、あながち間違ってないと思います」
「他人事のように言うね?」
ジャスティーンが苦笑しながら言うけれど、他人事なんて滅相もない! めちゃくちゃ親近感を覚えているわけだ。
「いえ、俺も姉に虐げられてきたんですが、復讐するより逃げることを選んだから……まあ、尊敬の念を禁じ得ないというか」
ただ俺の場合は、姉より強い魔力を持っているものの侮られた。頭のおかしさで俺は姉に負けていたからだ。逃げるが勝ちという言葉は、こういう時に使うべきだろう。
「復讐にかける熱量の強さは、さすがだと思うわけで……」
俺が続けたその言葉に、話を聞いていたデクスターが「なんだそりゃ」と呆れたように笑うものだから、つい俺もそれに苦笑を返した。
そんな俺たちの顔を交互に見たジャスティーンは、何故か俺を守るように肩を抱き寄せた。
「え、あの?」
俺が困惑して彼女の顔を見上げた瞬間、俺たちの背後からイーサンの男らしい美声が低く響いた。
「まさかとは思いますが、団長」
「聞こえないな、イーサン」
「何も問題は起こしませんよね? 起こさないと約束していただきたいのです、私の繊細な胃の安寧のためにも」
「何を言っているのか全く解らないが、ただ一つだけ言えるのは」
そこで、ジャスティーンは辺りをぐるりと見回して皆に聞こえるように続けた。「この警備団に女はこれまでいなかった。近くに村はあるが、女遊びできる場所ではない。つまり、女に飢えたケダモノだらけの集団となっているのが我々だ」
「それにはあなた様も含まれますね」
「何の因果か解らないが、こうしてユージーン君が可愛らしい女の子になってしまった今、守ってやれるのは同じ女であるわたしだろう」
「それはどうかと思うのですが」
胃の辺りを押さえながらイーサンが言ったけれど、ジャスティーンは笑顔で俺に向き直り、馬の方へ歩くよう促してきた。
「早く着替えた方がいい。今の君は多少、煽情的な姿だからね」
そう言いながら俺の肩を抱く彼女の手に、何だろう、変な動きがあったような気がした。誤解だと信じたいが。誤解……気のせい、そうだよな?
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