第3話
◆
どうするね、と言葉にして老人が問いかけてくる。
どうするもこうするもあるか。
俺は椅子を寝台の横に運んで、ゆっくりと腰を下ろした。少女はまだこちらを見ている。
「世の中には秘密にされているが、吸血鬼は存在する」
「まさか」
「分からせてやろう」
俺は上着のポケットから折りたたみナイフを取り出し、せいぜい怖がらせてやろうとゆっくりと刃を出した。
「ちょ……!」
何も言わせずに、娘の腕を切りつけてやった。
「……っ! あっ……!」
悲鳴が上がり、すぐに消えた。
驚愕そのものの表情で、娘は自分の腕に首を捻って視線をやっている。
彼女の左肘の少し下を確かにナイフの刃は抉っていた。
が、その傷からはほとんど血は流れず、傷も即座に塞がった。
「吸血鬼特有の治癒力だ。現実って奴がこれでわかったかな? ついでに言えば、あんたの首元はざっくりと裂けて、致死量には十分な出血もあったが、こうして生きている、ということも補足しておこう」
パクパクと口を開閉し、娘は何か言おうとしたが、結局、言葉は出なかった。
一応の説明として、俺は事情を彼女に伝えた。
吸血鬼は存在し、その体内に巣食うV2と俺たちが呼ぶウイルスは、まっとうな人間を吸血鬼化させる。それは伝承にあるような処女、非処女、童貞、非童貞などというのとは無関係に感染する。
一度、感染してしまうと、不老不死となり、日光と銀以外に弱点は何もない。ついでに馬鹿力その他のおまけも付いてくる。
「日光って」
やっと娘が言葉にした。
「昼間は歩けない、ってことですか?」
「シンプルに言えばそうなるな」
吸血鬼化してしまった人間は、大抵、この日光に関する質問をする。その場面を見るたびに、俺が感慨深いものを感じるのは、人が太陽というものを無意識に求めている、ということだ。生物的な本能なのか、あるいは、何らかの帰属意識なのかもしれないが、そんなことを研究する学者も俺たちの組織にはいる。もっとも、だいぶ本筋を外れているが。
「吸血鬼の天敵というのもいる」
何かを思案していた娘が、こちらに視線を向ける。
「吸血鬼を滅ぼす能力を持つもので、ダンピールと呼ばれる。ダンピールは吸血鬼狩りの素質を持ち、逆に吸血鬼も、ダンピールを忌避する。その能力以外の理由でもな」
何度か瞬いてから、娘が恐る恐るという様子で俺に確認した。
「つまりあなたが、ダンピール、ということですか?」
「頭の回転は人並みらしいな。その通りだよ」
俺の皮肉は通じなかったようだ。娘が今この時、何を考えているかは手に取るようにわかる。自分が仮に吸血鬼で、目の前にいる男が仮にダンピールなる存在であるとして、では自分は生き延びることができるのか。それを考えている表情だ。
案の定、娘が暴れ始めた。寝台が激しく揺れるが、拘束は解けない。
拘束器具は皮などではないし、鎖ですらない。
手枷と足枷、胴と胸を寝台に固定しているのは、薄い金属の板である。
「無駄なことはやめろ。うちで開発した軟性合金は吸血鬼の怪力にも耐える」
まだ娘が暴れ続ける。
気を失わさせるべきだろうか。
億劫な思いをアピールしながら俺は立ち上がったが、瞬間、背筋が冷えた。
「ちょっとそのやり方はないんじゃないかな」
穏やかな声に、俺は振り返り、腰の後ろから拳銃を抜いていた。
銃口の先、部屋の隅に男が立っている。
長い金髪をしていて、肌は白すぎるほどに白い。
緑色の瞳が、爛々と光っていた。
嗜虐的で、好戦的で、獲物を前にした獣の瞳だ。
「我が同胞を、返してもらおうか」
今日は本当についていない一日らしい。
(続く)
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