たられば

 「難波潟 短き葦の ふしの間も」

 

 女が強くなったと言われる今日でも、男女の恋はいつの時代も変わらない。言葉を紡ぎ態度で示す。感情を伝えるという行為は、馬鹿馬鹿しい程に複雑で難しい。男に伝えたい言葉を女はまだ幼く、持ち合わせてはおらず昔の人の恋文を借りて呟く。男は得意げに自分の教科ではないと返した。

 

 自分達の関係性に名前を付けてからしばらくたったとある日、男女は冬の海に写真を撮りに来ていた。女が卒業を決意する少し前だった。

 

 ほつれた記憶に思考が支配される。決断を下すのを躊躇っている。冬の重い波の音が自分達を空間から切り取られると錯覚する程、誰もいない。上と下が同じ深い黒の中、底の見えない水を眺め男女は互いの体温で暖をとる。まるで今の自分の様だと女は海を見て思う。


 「逢はでこの世を 過ぐしてよとや」

 

 女は建物のガラスを撮った写真を手に取る。借りる事の無かった下の句を一人吐き出す。目を合わせる様に振り向くことが出来る弱い女であれば、この話は存在しなかったのかもしれない。

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