第308話

「クソガキ。新しい力、お前で試させてもらうぜ」


 粗暴な男はそう言って、ニヤリとわらう。そして次の瞬間、オーガとそっくりな姿となった粗暴な男が、その場から掻き消える。その速度は凄まじく、移動する際の影すらも捉える事も出来なかった。


「オラァ!!」


 俺の右側から、粗暴な男の一回り大きくゴツくなった拳が、右頬に向かって迫ってくる。刹那の判断で、拳を受け止めたり受け流すのではなく、触れる事なく避ける事を選択する。上半身を後ろに反らし、迫りくる左拳を避ける。


「まだまだいくぞ!!」


 粗暴な男はその場で腰を回転させて、鋭く重い右脚での蹴りを放ってくる。狙いは再び頭部。上半身を反らした事で、低い打点となっている顔面に向けて、空気を切り裂きながら迫りくる。


(体勢的に反撃は不可能。魔力障壁も、生半可なまはんかなものは直ぐに砕かれて、時間稼ぎにもならないだろう。なら――――)


 回避一択。上半身を反らした勢いそのままに、左腕一本で身体を支えながら後方に向かってバク転する事で、粗暴な男の蹴りが顔面に叩き込まれる前にその場を離脱する。


「逃がさねぇよ!!」


 体勢を整える間を与えるつもりはないとばかりに、粗暴な男は一歩踏み込んで加速して、俺に追撃を仕掛けてくる。その攻撃は非常に苛烈かれつで、息つく間もない嵐の様な連撃。意識を冷静に保ちつつ、粗暴な男の魔力や身体の動きを観察し、粗暴な男に起こった変化・変質について情報を収集していく。


(本人が言っていた様に、人間という枠組みから大きく逸脱している。そして、魔人という言葉。そこから考えるに、暗き闇の力による魔物と人間の融合か)


 オーガの姿にそっくりなのではない。粗暴な男はオーガそのものなのだ。正確には、人間のまま魔物であるオーガと融合した、文字通り新たな生物といえる。魔人という新たな種であるという主張も、あながち間違いではないという事だ。

 冷静に観察して分かった事の中で、魔人という新たな種に関して一つ分かった事がある。それが、魔石の有無だ。純粋な魔物であるオーガには、他の魔物と同じ様に身体の中に魔石を有している。そして、純粋な人間の身体の中には、当然だが魔石なんてものはない。

 魔石は、魔物にとって第二の心臓であると言ってもいい存在だ。実際の心臓と同じく、取られたり砕かれたりすれば、魔物の生命活動が強制的に停止する。つまり、魔物にとって生死を分かつ生命線なのだ。

 そんな生命線である魔石が、魔人という新たな種となった粗暴な男の身体のどこにも存在しないのだ。魔力感知でも一切魔力を感知出来ないので、何処かに隠しているなどの可能性は低い。あの変化した場面から予想出来るのは、オーガという魔物と直接融合したのではなく、オーガの魔石と自身の存在を融合させたという事。

 つまり、目の前の魔人を倒すには、純粋な戦闘において死に至らしめるしかない。


「……魔石がない魔物か」

「俺は魔物でも人間でもない!!だが、それぞれの特性を引き継いでいる!!お前に俺を殺す事は不可能だ!!」

「まあ、死ぬまで切ればいいだけだな」

「生まれ変わったこの身体に、傷を付ける事は――――」


 俺は嵐の様な連撃の中、ほんの僅かな間を狙って、スーッとロングソードを真上に振り上げる。

 何の気配も感じさせないごくごく自然なロングソードの一振りに対して、粗暴な男は認識しているにも関わらず身体が反応する事が出来ず、その身を刃が静かに滑っていく。

 完全に刃が滑り終わった時、まだ粗暴な男の身体が切られたという認識をしておらず、その身体に切り傷はなく綺麗なまま。しかし、粗暴な男の思考と身体の認識が一致したその瞬間、スーッと切り傷が身体に刻まれていき、切り傷から真っ赤な鮮血が噴き出した。


「まずは、――――一つ」

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