第309話
粗暴な男は驚きを隠せぬ様子で、左手を鮮血が噴き出す切り傷へと持っていき、掌に付いた真っ赤な血を見つめる。そんな粗暴な男を静かに観察しながら、この日の為にしてきた鍛錬の日々を思い出し、アモル神やアセナ様と行ってきた実戦さながらの模擬戦に感謝する。
愛を司る女神であるアモル神と出会い、実戦さながらの模擬戦を毎日行う様になり、さらにアセナ様とも一緒に模擬戦をする様になってから、俺はどの方向性で自身の力を伸ばすのかを改めて考えた。
というのも、アモル神やアセナ様は実戦さながらの模擬戦の中で、身体強化や魔力による強化を一切使わない戦い方で、身体強化や魔力による強化をしていた俺を圧倒していたからだ。
確かに、神々の一柱とその神々に並ぶ存在である聖獣なので、ただの人間である俺を素の状態で圧倒出来るのは当たり前だ。しかも、アモル神もアセナ様も単純な身体能力の差で押し切ってくるのではなく、
自身の力を伸ばすという事を改めて考えた時、真っ先に思い浮かんだのが模擬戦であり、そこからアモル神やアセナ様が培ってきた技術を必死に盗み取ろうと努力し続けた。そしてその結果、俺は剣士としてもう一段階上に上がることができたのだ。
(今の俺の力は、奴らにも十分に通じる)
『男の
『ありがとうございます』
アモル神からの称賛に、素直にお礼の言葉を返す。アモル神もアセナ様も、自分の培ってきた技術を惜しみなく教えてくれた。そんなアモル神が、ここまで
「……魔人となった俺に、傷を付けた?」
ようやく現実を認識する事が出来たのか、しかし粗暴な男がありえないといった様子でそう言う。
粗暴な男は随分と自信満々でいた様だが、俺やアモル神からしてみれば、なぜそんなに自信満々でいられるのか不思議だった。確かに、オーガは魔物の中でも非常に硬い皮膚をしている。生半可な攻撃や魔法では、傷一つ付ける事は出来ないのは事実。
しかし、どんな攻撃でも無効化出来る訳ではないのも、また事実だ。オーガのその硬い皮膚をものともしない、硬さを上回る攻撃や魔法での一撃を受ければ、その身に傷を受けるのは当然の結果だ。
『本当に、自分には無敵の防御があって、傷つかないと思っていたんでしょうか?』
『この男の常識の中では、オーガという魔物がそういった魔物なのでしょう。暗き闇は魔境を警戒していたという話なので、魔境に生息するオーガなど小物と思えるような魔物たちの事を、この男は知らないのでしょうね』
『なる程。その可能性はありそうですね』
魔境の過酷な環境や遭遇する魔物たちに慣れてしまうと、正直オーガはよくて中の中、もしくは中の上といったランクの魔物になってしまう。肉体の頑強さや身体能力の高さは、魔物の中でも上位に位置する事は事実。だが、それは魔境に生息する魔物を除くという
この文言は、魔境を知る者と知らない者とでは、理解度が大きく異なる。魔境を知らない者ならば、オーガという魔物は遭遇したくない魔物であり、一体倒すのも命懸けだ。だが魔境を知っている者ならば、オーガという魔物は少しばかり硬いくらいにしか感じない、比較的倒しやすい魔物の一種なのだ。
「……だがまあ、この程度の傷なら問題はねぇな」
粗暴な男は、そう言ってニヤリと嗤う。何故ならば、俺が付けた切り傷が既になく、綺麗サッパリと癒されているからだ。
魔境を知らぬ者がオーガと遭遇したくない理由の最たるものは、肉体の頑強さや身体能力の高さとは別の、オーガやトロールなどの魔物が有する高い再生力とタフさだ。傷を付けても小さい傷ならば直ぐに再生し、長い時間戦う事が可能な気力と体力がある。さらに人型の魔物である事から、ある程度の器用さを有しているのも、オーガやトロールが厄介な魔物であると言われる
(綺麗に決まったとはいえ、あの程度じゃ直ぐに再生されるか。次は、もう少し深くいってみるか)
「ははは!!素晴らしい再生力だ!!この力があれば、誰にも負ける事はねぇ!!」
粗暴な男は力に酔いしれ、高笑いを響き渡らせる。俺は、その姿を表情一つ変える事なく見続ける。そんな俺を不快に思ったのか、暗き闇の魔力を全身から溢れさせ、鋭い眼光で睨みつけてくる。それすらも、何事ないかの様に受け流す。
「何でもいいから、早くかかってこい」
「余裕ぶってるのも今の内だ!!お前の全身の骨を砕いて、最後に首を
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