第233話

 古き森の中心まで訪れた俺たちにそう言って、巨大なおおかみがムクリとその場に立ち上がる。立ち上がったアセナ様の体は、体長十メートル以上に体高たいこう四メートル以上と思われる大きさであり、どう考えても普通の狼と違うというのが一目瞭然いちもくりょうぜんだ。


「お初にお目にかかります、アセナ様。私の名はウォルターと申します。私の右隣から順に、イザベラ・クララ・マルグリット・ナタリー・ジャックと申します。そして、こちらは愛の神たるアモル神です」

「久しぶりね、アセナ」

『ああ、久しいな、アモル神よ』


 アセナ様の声は女性のもので、威厳がある凛々しい声をしている。そしてその声は、聖獣という神に近しい存在としてだけでなく、長きを生きてきた存在としての余裕を感じさせる。


『勇者の血を引き者が二人に、愛を司る女神にその愛し子。優れた腕を持つ老練ろうれんな魔法使いに、優れた魔女となる可能性を秘めている少女。そして、暗き闇と正面から切り合う事が出来る、聖獣の中でも気難きむずかしいケルノスが認めた強き剣士か。錚々そうそうたる顔ぶれじゃないか』

「私たちが何でここに来たのか、ケルノスから聞いているんでしょう?」

『ああ、聞いている。あの厄介な暗き闇が、一部とはいえ既に封印から逃れているとな』

「それなら話が早いわ」

『今回はその件で来たのか?』

「それもあるけど、今回来たのはもう一つ聞きたい事があってここまで来たの」

『聞きたい事?一体何を聞きに来たんだ?』

「ここ数週間か一ヶ月の間の内に、貴女たち聖獣の内の誰かがこの地に生きる人間、一人の若い少女に力を授けた事はある?」

『若い少女に力を?いや、そんな話は聞いた事はないし、私自身も力を授けた事はない。それこそ、この数百年で私が誰かに力を授けてもよいと感じたのは、勇者や聖女、暗き闇を封じた神官くらいだな。だが、何故その様な事を聞く?』

「一人の若い少女の力が、ここ最近急激に増大したの。それも、私の愛し子となった、新しい聖女だと言ってね」

『ハハハハハハ!!……その少女は、相当なおろか者の様だな。神の愛し子、それもジャンヌの後継者こうけいしゃを語るとは』


 アモル神から伝えられた情報に、アセナ様は心底面白いといった様子で笑ったかと思えば、底冷そこびえするような冷たい怒気を放ちながら言う。アセナ様にとっても勇者たちの存在は特別な様で、聖女ジャンヌの事を汚しているローラ嬢に対して怒りが収まらない様だ。


「もう一度、貴女やケルノス以外の聖獣たちに、その少女に力を授けていないのかを確認してほしいのよ。頼めるかしら」

『ああ、了解した。有り得ぬことではあるが、もしも誰かがその愚か者に力を授けておったのなら、――――私自らがその者の首をいちぎってやる』


 先程の様な冷たい怒りではなく、燃えたぎるマグマの様な激しい怒りと覇気はきを発しながら、アセナ様はそう宣言せんげんする。怒るアセナ様の体から溢れ出る魔力から、聖獣の中のヒエラルキーの頂点に位置する存在で、他の聖獣よりも遥かに強いであろう事が分かる。もしも聖獣の中にローラ嬢に力を授けていたものがいたのなら、本当にアセナ様に首を喰いちぎられてしまうだろう。そんなアセナ様の協力を得られることが出来て、本当に良かったと心から安堵あんどした。

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