第232話

 アイオリス王国王都には、古き時代から残っている広い森がある。その森は古の勇者が愛した森であり、自らの死後においても子や孫、さらには末裔たちにも手を入れる事を禁じた遺言ゆいごんを残した場所。王族たちは古の勇者の遺言を今も守り続けており、その姿は古の勇者が生きていた頃から変わっていない。そして、古の勇者が愛したその森こそが、俺たちが聖獣に会うために向かう目的地だったのだ。

 この古き森には、ある特殊な魔法が森の主たる聖獣によってかけられている。その特殊な魔法とは、古の勇者の血を引く直系の王族たちや、傍系ぼうけいである公爵家の者などが望まなければ、古き森の中に立ち入る事が出来ないというものだ。この特殊な魔法の事は、聖獣の存在を隠すために古の勇者が森にかけた事になっており、聖獣が古き森に存在している事を知る者は、王族の中にも公爵家の中にもいなかった。アモル神からも、関係者以外には絶対にこの情報を開示しない様にと、神としての厳重げんじゅう警告けいこくをされた。


「ここが……鎮守ちんじゅの森」

「イザベラもマルグリットも、この森に来るのは初めてなの?」

「ええ、初めてです。私たちだけでなく、お父様やお母様たちの世代や、お爺様たちの世代の方々も来た事がないかたが大半だと思います」

「鎮守の森に関しては、王族や公爵家にとって神聖不可侵しんせいふかしんの場所だという認識が強く、余程の事がない限りは近づく事もありません」

『森の主である聖獣が放つ魔力や威圧を受けて、無意識にこの森に近づかない様にしていたのでしょう』

「なる程」

『今は分霊とはいえ神々の一柱である私がいる事や、ケルノスの気配や魔力を感じさせているウォルターさんがいるので、この森の主であるアセナも多少力を弱めてくれています』

「力を弱めてくれているという事は、そのアセナ様は、俺たちの事を一応歓迎してくれていると考えていいんですかね?」

『今は、ウォルターさんたちを見極めようとしている段階の様です。なので、いきなり攻撃を仕掛けてくる事はないとだけは言えます』

「分かりました。じゃあ皆、行きましょうか」


 この古き森は、ケルノス様と出会った時と同じ様に、普段は普通の森と変わらないといった感じだ。ただケルノス様の時と違うのは、森に入ってから直ぐに感じ始めた、常に誰かに見られているという感覚。その視線は俺たちを静か見守りつつ、この森に害をす存在なのかを冷静に観察している。


「アモル様、どうすればいいんでしょうか?」

「このまま森の中心に向かって進みましょう。感じられる魔力から、アセナは森の中心にいる様です。恐らくは、そこで私たちが来るのを待っているんでしょう」

「了解です」


 アモル神のアドバイスに従い、俺たちは森を傷つけない様に気を付けつつ、静かに森の中心へと足を進めていく。この古き森には、主であるアセナ様以外にも生物がいる様で、時折アセナ様以外の視線も感じる事がある。アセナ様以外の生物が森にいる点などは、ケルノス様が主となっている森と同じ様だ。

 特にアクシデントやハプニングが起こる事もなく、俺たちは樹齢じゅれい数百年もある様な一本の木を中心とした、大きく開けた場所に辿り着いた。どうやらここが、この森の中心となる場所の様だ。そして樹齢数百年もある様な一本の木のそばには、木にう様にそべっている、全身真っ白な体毛に青空のような色のたてがみを持つ、一匹の巨大なおおかみがそこにいた。


『ようこそ、私の森に。アモル神にその愛し子たち、そしてあの堅物かたぶつのケルノスが認めし強き剣士よ。この森の主たる私が、お前たちの来訪らいほう歓迎かんげいしよう』

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