第234話

 勇者が愛した古き森の主であり、聖獣たちのヒエラルキーの頂点に位置する存在でもある、アセナ様と対面を果たしてから数日後。アセナ様からアモル神に連絡が入り、俺たちは再び古き森の中心へと訪れていた。恐らくだが、俺たちがお願いしていたローラ嬢に関する件について、情報が十分に集まったから呼ばれたのだろう。

 俺たちは森を傷つけない様にとしながら足を進め、古き森の中心に再び辿り着いた。そこには、前回と変わらぬ姿の一本の木があり、その木のそばにアセナ様がそべっている。アセナ様は両目を閉じてのんびりとしていたが、俺たちが森の中心に辿り着いたのを確認すると、閉じていた目を開いてこちらを見る。


『来たか』

「ええ。何か情報はあった?」

『いや、私の記憶に間違いはなかったし、他の者たちの記憶にも間違いはなかった。ここ一ヶ月の間に人間に力を授けた者はいなかったし、アモル神のいう外見をした若い少女に出会った事もないそうだ』

「そう、それなら安心ね。神々の誰かが力を授けていなくても、それに近しい存在である聖獣が力を授けていたとしたら、厄介な事になるのは間違いなかったから」

『それにしても驚いたぞ。お前たちのいう若い少女というのが、勇者の血を引いた人間だったとはな。しかも、勇者の血を引く直系の者に、かつて勇者に助力した者たちの末裔まで共にいたぞ』

「何の因果か分からないけど、暗き闇と戦った者たちの末裔が、同じ世代に同時に生まれたのよ。そして、その若い少女も勇者の血を引く者の一人よ」

『ああ、その様だな。私も念の為と思って確認してみたが、確かにローラと呼ばれていた少女は、あの勇者の血を引いている様だな。しかし…………』

「ローラって子、あの勇者と似ても似つかない人間だったでしょ?」


 アモル神の言葉に、アセナ様は思い出したくもなさそうに顔をしかめた後に、心底残念そうに溜息ためいきを吐いた。その様子から考えるに、ローラ嬢の猫を被っている表の顔も、ドロドロとした女の欲望に満ちた裏の顔の全ても知ったのだろう。ローラ嬢の隠している裏の顔は、知ってしまえば男は勿論もちろんの事、同性であるイザベラたちですらもドン引きする様な本性をしていたからな。神であるアモル神も人と同じ感性を持っているが、聖獣であるアセナ様も人と同じ感性を持っていた様で、裏の顔を知った事でドン引きしてしまった様だ。


『薄まっているとはいえ、あの少女にも勇者の血が流れていると思うと、なげかわしいというのがいつわらざる気持ちだな』

「でしょうね。私も彼女を見た時には、アセナと同じ様に勇者の血を引いているのにと嘆いたわ。でも勇者が子や孫を残して死してから、もう数百年以上経ってるわ。その事を考えれば、勇者が持ち合わせていたものを失うのもいたかたない事よ」

『まあ、そうだな。それもまた、長き時を移ろいゆくという事なのだろうな』

「ええ、そうよ。時の移ろいを感じて悲しくなってしまうのも、長き時を生きる存在である私たちの、逃れられないさだめの一つよ」

『…………ああ、その通りだ。時の移ろいを感じて喜ぶのも悲しむのも、私たち長き時を生きる存在に刻まれた宿命か』


 そう言って、アモル神とアセナ様は少し寂しそうに笑ったのだった。

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