第164話

 男爵領内で過ごす数日間は、のんびり和やかで、時間の流れがゆっくりと感じた数日間であった。

 飼育している牛や山羊といった動物たちと触れ合ったり、畜産品のメインとなっている、肉牛にくぎゅうの飼育管理の様子を見学させてもらった。その他にも、野菜や果物を育てている所も見学させてもらい、どれだけの手間暇てまひまをかけているのか教えてもらった。

 そして、ここ数日間の見学でジャック爺は大きく刺激を受けた様で、夕食をいただいてからずっと部屋に籠っているのが続いている。一日目・二日目までは様子見していたが、三日目・四日目も同じく部屋に籠りっきりとなると流石に何をしているのか気になったので、夕食後にジャック爺が使わせてもらっている部屋へと訪れた。

 俺は部屋の扉を三回ノックし、部屋の中にいるジャック爺に来訪を告げた。


「誰じゃ?」

「ウォルターだけど。ジャック爺、入ってもいい?」

「よいぞ」

「じゃあ失礼して……」


 部屋の扉の取っ手を右手で握り、開き戸を奥側に開いて部屋の中へと足を踏み入れる。そこで最初に目に映ったのは、机や椅子の上に積まれた大量の紙だ。紙一枚一枚には、びっしりと隙間なく何かが書きこまれているのが分かる。


「どうしたんじゃ?」

「男爵領内を見学させてもらった後から、夕食後に何日も部屋に籠ってるのが続いてるからさ。ちょっと気になったのと心配になってね」

「おお、それはすまんかったの。じゃが見ての通り、儂は至って健康じゃよ」

「それなら安心だけど……。それじゃあ、部屋に籠って一体何してるの?」

「ふむ。ここ数日間領内を見学させてもらった事で、自分の中に色々と着想ちゃくそうが浮かんできての」

「着想?何についての?」

「動物たちの世話が楽になったり、野菜の生産量の上昇や質の向上などといった事についてじゃな。今は浮かんできた着想を紙に書き記しながら、その着想を形にしようとしている所じゃ」

「形に?」

「魔法じゃよ、魔法。ダミアン殿の劇団で使われている魔法を見て、感じてから、儂も色々な分野に目を向ける様になっての。それで今回は、畜産に適した魔法を生み出してみようかと思っての」


 確かに、ダミアンさんの劇団で見た殺傷力の一切ない魔法は凄かった。今まで人や魔物含めて色々な魔法を見てきたが、あそこまで平和な魔法を見たのは初めてだったから、俺も劇団の魔法を見てもの凄く感動した。

 俺はジャック爺が書き記したアイデアを見ながら、どういった魔法にするかを聞いていく。ジャック爺も、一人黙々と浮かんでくるアイデアを書き記していたが、俺と会話する事で方向性がまとまっていった様で、それらを新しい紙に書き記していく。

そして、ものの数分足らずでびっしりと上から下まで書きこまれ、また新しい紙へと書き始める。

 どうすれば作業が楽になり、生産量の上昇や質が向上するのかを考えるのは、俺にとってもジャック爺にとっても新鮮な事だった。お互いに次から次へとアイデアが浮かんできては、こうした方がああした方がと議論を深めていく。この日は夜遅くまで、ジャック爺と新たな魔法について語り合った。

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