第151話

 何者かは、斬り裂かれた粗暴な男の身体の傷を直ぐさま暗き闇で覆い、出血を抑え込む。そして暗き闇で覆われた傷口が、ゆっくりとだが癒されていく。


(両腕の出血を止めた時もそうだが、あの暗き闇は一体どういった魔法なんだ?闇の属性魔法と似ている様で、本質は全く違う様に感じる。そもそも、あれは本当に魔法なのか?)


 暗き闇の色々と規格外な性能に、様々な疑問が湧き上がってくる。だが今は、目の前の正体不明の強敵に意識を集中させる。考え事をしながら、致命傷をもらわずに戦える程、粗暴な男の身体を使っている何者かは甘くない。

 そんな何者かは、粗暴な男の身体に出来た斬り傷をジッと見つめる。そして、暗き闇の右腕で傷に触れていく。何者かは暫くそのままだったが、不意に顔を上げて俺を見る。何者かの顔からは嘲りの笑みが綺麗に消え去り、どこか興味深そうな雰囲気で俺をジッと見つめてくる。


『実に興味深い。あの男の血筋という訳でもなく、何か特別な力を持っている訳でもない。しかし、何度も私の攻撃から生き延び、さらには闇まで斬り裂いてみせた。お前は一体なんだ?』


 粗暴な男の口から、粗暴な男の声ではない、身体を使っている何者かの声が発せられた。だが口は開かれておらず、実際に喋っている訳ではない。頭の中に響く様に、直接伝えられている様に声が聞こえてきたのだ。もしかしてこれって、ラノベとかアニメでいう所の念話とか言うやつか?


「一体なんだと言われてもね。俺はただの学生で、ただの剣士だよ」

『ただの剣士に、私の闇は斬り裂けない。これは私の願望や自尊心の高さからくるものではなく、今まで積み重ねてきた多くの戦闘で見てきた純然たる事実。そして、私の闇を斬り裂けるのは一握りの強者のみ。お前に特別な血筋や力はないが、それでも脅威に値する強者である事は間違いない。故にもう一度問う。お前は何だ?』

「俺ももう一度言う。ただの学生で、ただの剣士だ。ほんの少し、地上に存在する地獄を知っているだけのな」

『……地上に存在する地獄。なる程。あの弱肉強食の森で、その身と技を鍛え上げた者か。それならば、私の闇を斬り裂いた事にも納得だ。そして、空にいるご老体も地獄を知る者か。、地獄を知る者二人を同時に相手どるのは難しいか。申し訳ないが、我々はおいとまさせてもらうとする』

「――逃がすか!!」

『いや、退かせてもらう』


 何者かはそう言って、右手をスーッと真上に上げて掌を上空へ向ける。すると、掌から暗き闇が勢いよく噴き出し、空を黒く染め上げていく。光を完全に遮断し、完全なる暗闇の世界へと一瞬で切り替わる。そして、再び一瞬で光差す明るい世界に切り替わる。

 そこには、ただただデカいとしか言い様のない剣があった。全てが暗き闇で形作られ、空気を震わせる程の濃密な魔力を放っている。まさか、自分たちが安全に逃げ切るために、俺とジャック爺の意識を逸らす為だけに、ここまでのものを一瞬で作り上げたのか。

 何者かに視線を戻すと、既に何者かが使っている粗暴な男の身体が、暗き闇に沈んでいっている姿が目に映る。そして右腕には、首から下が暗き闇に包み込まれている、瀕死状態の理知的な男が抱えられている。


『では、失礼する。機会があれば、またお会いしよう』

「しまっ――――」

「ウォルター!!そ奴らの事は放っておけ!!あれをどうにかするのが先じゃ!!」


 何者かは、最後に再び嘲る様な笑みを浮かべて、完全に暗き闇へとその姿を消した。ここで逃がすのは後々の為にも危険だが、ジャック爺の言う事もまた正しい。今最も優先すべきは、上空にある暗き闇のデカい剣だ。デカい剣は、何者かと理知的な男が完全に消え去ると、ゆっくりと下に向かって落ちてくる。


「ジャック爺!!」

「分かっておる!!――――ハァッ!!」


 デカい剣の切っ先の前に、デカい剣から放たれる濃密な魔力に匹敵する魔力で、デカい魔力障壁が展開される。デカい剣とデカい魔力障壁がぶつかり合い、拮抗状態になる事で落下が止まる。だが僅かにデカい剣が優勢の為、徐々に徐々にデカい魔力障壁が押されている。

 俺は落下してくるデカい剣を見つめ、意識を極限まで集中させていく。魔力を極限まで高めながら、デカい剣を構成する暗き闇の核の位置を探り出す。そして、極限まで高めた魔力を日本刀に全て込める。そこに、阿吽の呼吸でジャック爺が魔力の足場を生み出す。それは、デカい剣に向かって一直線に向かっている。

 その魔力の足場を使って加速し、一気にデカい剣へと距離を詰めていく。ゆっくりと一度深呼吸を繰り返し、熱せられている心と体を冷まして冷静さを取り戻し、明鏡止水めいきょうしすいへと至る。両手で日本刀の柄を持ち、上段へと振り上げる。そして、デカい剣へと唐竹割りで振り下ろす。その瞬間、極限まで高めた魔力を解放する。


「――――!!」


 解放された魔力によって、刀身が一瞬で伸びていく。その伸びた刀身の切っ先は、デカい剣の柄頭まで届く。俺は、デカい剣の核を斬り裂いた手応えを感じながら、日本刀を振り抜く。振り抜き終わった瞬間、刀身を構成する魔力が消失し、砕けて散っていく。


(斬った。間違いなく、あのデカい剣の核を斬った。ここからどうなる?)


 デカい剣は、柄頭から切先までを斬り裂かれ、綺麗に真っ二つになっている。そして核を斬り裂かれたデカい剣は、デカい剣という形を維持する事が出来ずに、切っ先から砂の様にサラサラと崩れて消えていく。その光景は、今しがたまで自分たちの命を奪おうとしていたものだったとしても、とても儚く綺麗なものだった。

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