第152話

 粗暴な男の身体を使っていた何者かと、瀕死状態の理知的な男が去ってから、闘技場内は大騒ぎとなった。王族たちや陛下は直ぐさま闘技場から避難を始め、個室で観戦していた上位貴族たちも同様に避難し始めた。だが観客席にいる市井の者たちは、恐怖よりも興奮が勝ってしまっていて、中々避難を始めてくれなかった。しかし俺やジャック爺が警戒を解くことなく、追撃の可能性に対して考えている姿を見て現実に引き戻されたのか、慌てた様に闘技場から避難していった。

 そして現在、闘技場には俺とジャック爺の二人しかいない。上空では、二羽の氷の鷲と紺碧のドラゴンが旋回しつつ、空からの警戒をしてくれている。カノッサ公爵夫妻やイザベラ嬢たちは最後まで闘技場内に残っていたが、ジャック爺が避難する様に説得してようやく避難してくれた。皆は最後まで、俺とジャック爺を心配してくれていた。


「ジャック爺、俺の感知範囲内に奴らはいない」

「儂もじゃ。感知範囲外へと完全に逃げられたの。それにしても、僅かな時間でここまでの距離を移動出来るとなると、中々に厄介な相手じゃの」

「しかもあの闇、ほとんど魔力を感知出来なかった。そのせいで、奴らが逃げようとしていたのにも気付かなかった。その点も厄介だよ」

「儂と戦っておった者は、別人の様に切り替わった者の事を、自分たちの上位者としてあがめておった。ウォルターと戦っておった者の方はどうじゃ?」

「俺とやりあってた方の奴も、自分には上位者がいるみたいな事を言ってた。つまりあの正体不明の何者かは、その上位者本人って事?」

「もしくは、上位者の持つ何かしらの力なのかもしれん。なんにせよ、あの御方とやらが危険な事に変わりはないの。それにあ奴の最後の発言、あれが少し気にかかる」


 ジャック爺が、真剣な表情で考え込みながらそう言う。何者かは、逃げる際に今はと口にした。意味深な言葉だったので、俺も耳に残った言葉だった。


「それは俺も気になった。ただ、あれがどういった意味をもつのかは分からない。もしかしたら、単純に腕が鈍っていたという意味だったかもしれないけど……」

「恐らくじゃが、そういった意味ではないのじゃろうな。突飛とっぴな発想ではあるが、あ奴は生物として人間とはかけ離れた存在なのかもしれん。それ程までに、ウォルターと戦っていた時のあ奴の動きや闇は異質じゃった」

「確かに、何かしらの影響によって力の制限を受けているのなら、今のっていう発言にも筋は通るね。でも、その制限を受けている状態でもあの強さだよ?制限がなくなったら、それこそどうなるか想像出来ないよ」

「それは儂も同じじゃ。最後の置き土産ですら、あ奴にとって少し力を出したに過ぎん可能性すらあるからの。次にあ奴と相対する時、さらに力が増した状態であったのならば、今回の様に周りを気にして戦う事など出来んかもしれん。ウォルター、その事は頭に入れておくんじゃぞ」

「…………分かってるよ」


 俺はジャック爺にそう答える。次に奴と相対した時、奴は俺とジャック爺を確実に殺すために、必ず力を増しているだろう。そんな相手とやり合う時に、周囲の事を気にしている余裕は恐らくないだろう。例え、その場に誰がいたとしてもだ。

 大切な人たちを守る為にも、奴と再び相対するまでに、奴を殺せるだけの力を必ず身につける。そして、皆笑顔のハッピーエンドを目指してやる。今世は子供や孫に囲まれて天寿を全うして、必ず悔いの残らない人生を送ってやるんだ。

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