第148話

 二匹の漆黒の蛇と二羽の氷の鷲、雷で形作られた漆黒のワイバーンと氷で形作られた紺碧のドラゴン。そして、一人の老魔法使いとフードで顔を隠した魔法使い。

 上空で繰り広げられる、神話に描かれる壮大な戦い、もしくは古の勇者ととの壮絶な死闘の如き戦い。それを見ている観客たちの誰もが息を飲み、幻想的とも思える様な魔法戦闘に、市井の者であろうと貴族であろうと、それこそ王族や王であろうと関係なく、誰もがその光景に目を奪われている。

 そして、この戦いの中で特に注目されているのは、やはり紺碧のドラゴンだ。見た目の大きさや美しさ、圧倒的な存在感もさることながら、動きが非常に細かく滑らかで、まるで本物のドラゴンが生きて目の前にいるかの様に感じるのだ。


「やはり、貴様は本物のドラゴンを知っているな?ドラゴンは何処にいる?」

「そんな事を知ってどうするんじゃ?」

「この世界における最強種を倒せば、ドラゴンという膨大な素材も、ドラゴンスレイヤーという限られた者が有する栄誉が得られる。何より、人類最強の魔法使いの称号を得られる。なので居場所を知っているのなら、それを私に教えてから死んでほしくてね」


 雰囲気や言葉の端々から、若造が心の底から本気で言っておるのが伝わってくる。儂は、若造の評価をさらに下げる。確かに若造は魔法使いとして優秀で、体格や動きから戦士としても優秀なのじゃろう。じゃが言うに事を欠いて、ドラゴンを殺したいとはの。――――愚かにも程がある。

 ドラゴンとは、世界における生態系の頂点に位置する存在。生まれたばかりの幼竜であったとしても、その身に宿す膨大な魔力は人や魔物を大きく凌駕し、牙や爪などは鋼を紙の様に切り裂く。そして、その体を覆う鱗は非常に堅牢であり、武器や魔術で傷を付ける事は容易ではない。ドラゴンに傷を付けられるとすれば、聖剣や魔剣といった御伽噺に出てくる武器の力を借りるか、鱗を傷つける事が出来るくらいに魔法を極めれば可能じゃ。

 そんなドラゴンを倒したいと、目の前の若造が心の底から言っておる。どうやら、あの御方という存在を抜きにしても、自分ならばドラゴンに勝てるという絶対の自信がある様じゃ。


(その程度の力量でドラゴン怪物を殺す?素材にしてやる?ドラゴンスレイヤーという栄誉や、最強の魔法使いの称号を得たい?)

「――――片腹痛いのう」

「何だと?」

自惚うぬぼれるにも程がある。貴様程度の魔法使いなど、世界を見渡せば数多く存在する。確かに、貴様は魔法使いとしても戦士としても優れておる。しかし、優れておるだけでドラゴンを殺せるのならば、世界にはドラゴンスレイヤーや最強で溢れておるわ」

「――貴様!!」


 儂の言葉に激高げきこうした若造が、自身の頭上に最初の奇襲の時と同じ巨大な魔法陣を展開する。しかし魔法陣から生み出された漆黒の雷は、最初の奇襲とは比較にならぬ程に巨大で、膨大な魔力が込められておるの。周囲にバチバチと太い稲妻がほとばしり、目映まばゆい光を放っておる。

 そこに若造がさらに魔力を込め、巨大な漆黒の雷の形状を変えていく。そして形状が変化し終わった時、巨大な漆黒の雷は一本の巨大な漆黒の雷槍となった。その黒き雷槍からは、神話の中の雷神が好んで使うとされる雷の槍を思わせる。


「雷の上位属性魔法かの」

「その身で味わえ、貴様の棺桶に相応しい魔法であり、ドラゴンを殺せる魔法をな!!」

「最初に言ったじゃろう。御託はよい。それに大言壮語たいげんそうごはもうよいから、さっさと魔法を放ってこんか」

「――――――死ねぇ!!」


 若造が右手を上げて前に伸ばし、儂に向かって巨大な漆黒の雷槍を放つ。その速度は凄まじく、ものの数秒でこちらとの距離を詰めてくる。儂は魔力を一気に高め、左手を上げて前に伸ばし、漆黒の雷槍を防ぐ魔力の盾を生み出す。その形状は、騎士の盾であるカイトシールドを模した。


「その程度の障壁で、私の雷槍は止められない!!」


 若造は勝利を確信し、嘲笑う様に笑みを浮かべる。漆黒の雷槍と魔力の盾が、真正面からぶつかり合う。膨大な魔力同士がぶつかり合い、周囲に衝撃波が吹き荒れる。  

 誰もが魔力の盾を突き破り、漆黒の雷槍が賢者の身体を貫いた光景を想像した。だが、想像した最悪の光景は、何時までも現実のものとはならない。何故ならば、漆黒の雷槍の穂先は魔力の盾を貫く事なく、完全に止められてしまっていたからだ。

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