第141話

 レギアス殿下の勝利に、観客たちは大いに沸き上がる。その盛り上がりは、白熱した魔法戦闘を見れた事と、今年の魔法競技大会の優勝の瞬間を見た事が相まって、数日間の中で最も大きな盛り上がりとなっている。……だがそんな楽しいにぎわいの中に、突然強烈な悪意と殺意が混ざり込む。


「ウォルター!!」

「分かってる!!」

「賢者様?ウォルターさん?一体、どうされ…………」

「闘技場にいる観客たちやお嬢さんたちは、儂が守護の魔法を使って守る!!」

「了解!!」

「誰を狙っておるのか分からん!!しかし、今この瞬間を狙ってきたという事は……」

「間違いなく、あの二人のどちらかの可能性が高い!!」

「ウォルター。……最悪の場合、自分の命を優先するんじゃぞ」

「分かってる」


 俺はジャック爺にそう答え、観客席のガラス張りの窓をロングソードで切り抜いて穴を開け、そこから一気に加速して両殿下の元に移動する。それと同時に、強烈な悪意と殺意がさらに強まり、闘技場の空に巨大な魔法陣が展開される。底なしの暗闇の様な漆黒の魔法陣。感じられる魔力も禍々しく、肌をチクチクと刺す様に冷たい。

 空に現れた巨大な魔法陣に気付いた観客たちが、何だ何だと騒めき始める。王城勤めの魔法使いたちが陛下の周りを囲み、巨大な魔法陣に対して警戒する。だが警戒するだけで、魔力障壁を展開する事も、ジャック爺の様に守護の魔法を使う訳でもない。そして陛下も王族たちも、巨大な魔法陣に呆気にとられてその場から動かない。


(せめて魔力障壁くらい展開しろ!!あの大きさの魔法陣から放たれる魔法だぞ!!どう考えても…………きた!!)


 俺が両殿下の近くに到着したと同時に、巨大な魔法陣が禍々しく輝き魔法を放つ。放たれたのは、二筋ふたすじの漆黒のいかずち。どちらも膨大な魔力が込められており、ほんの少しかすめただけも、その部分が消し炭になる事は間違いない。

 そんな二筋の漆黒の雷は、レギアス殿下とアルベルト殿下、闘技場内にいる両殿下に向かって降り注ぐ。まだまだ余力のあるレギアス殿下は、自分で魔力障壁を展開して防ごうとする。だがアルベルト殿下には、そこまでの余裕はなさそうだ。物語でよく書かれる王族や上位貴族の後継者争い、暗殺などといった後ろ暗い事は、アルベルト殿下には無縁のものだった様だ。確実に自分を殺しにくるという初めての状況に、身体が完全に固まってしまっている。


(レギアス殿下の実力ならあの雷は対処出来る。なら…………)


 漆黒の雷から助けるべきは、アルベルト殿下の方だ。俺は再び加速し、アルベルト殿下の傍に移動する。身体強化の魔法を発動して身体能力を上昇させ、ロングソードの剣身に魔力を纏わせて強化し、上段からの振り下ろしの一撃で迎撃する。


「――――ハッ!!」


 身体強化によって強化された視力で動きを捉え、雷速で降り注いできた漆黒の雷を一振りで切り裂く。しかし切り裂かれたはずの漆黒の雷は消えず、切り裂かれた部分が繋がって元に戻り、意思があるかの様に方向転換して、再びアルベルト殿下に向かってくる。

 次は、切り裂くのではなく受け流す。ロングソードの剣身に纏わせる魔力量を増やし、漆黒の雷に向けて左薙ぎに一振りする。ロングソードの剣身に纏わせた魔力と漆黒の雷の魔力が反発し合い、漆黒の雷は軌道を変えて右方向へと飛んでいく。だが、直ぐさま方向転換してこちらへと戻ってくる。

 切り裂く事も受け流しも意味はなし。それなら、漆黒の雷を構成する魔力そのものを切るしかない。魔力感知を最大まで高め、漆黒の雷に意識を集中させる。そして、迫りくる漆黒の雷に対して袈裟切りを振るい、漆黒の雷を構成する魔力そのものを切り裂く。

 漆黒の雷そのものを切っても、直ぐに魔力同士が繋がり合って元に戻る。だが漆黒の雷を構成している魔力そのものを切り裂けば、元に戻る事もなければ、魔法そのものを維持する事が出来ない。魔法を構成する魔力そのものを切り裂かれ、漆黒の雷はスーッと消え去っていく。


「この平和ボケした国にも、それなりにやれる奴がいた様だ」

「……チッ、どうせまぐれだよ。それにあの程度の剣士なんざ、今まで何人も殺してきた。こいつも、俺たちの邪魔するなら同じ様に殺すだけだ」


 上空から人の声が聞こえてきた。声の聞こえた方を向くと、黒いフードで顔を隠し、黒い宗教服を身に纏う二人の人が浮かんでいた。二人から感じられる魔力は、上空に現れた巨大な魔法陣と同じ魔力だ。禍々しく、肌をチクチクと刺してくる冷たい魔力。まず間違いなく、この二人が漆黒の雷を放った魔法使いだ。

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