第95話

 高速機動で漆黒の狼が地を駆け、精鋭部隊へと襲い掛かる。それを、俺はただ見ているだけだ。まあ今世問わず前世でもそうだが、エリートと呼ばれる者たちは総じてプライドが高い。そして、そのプライドの高さが傲慢となり、よく知りもしない人に対して高圧的になって見下す。

 それは俺相手でも変わる事はなく、彼らは王都で顔合わせをした時から高圧的に接してきて、遂には桃への案内以外で自分たちに声をかける事も、手を出す事も不要と言い切られた。なので、どんな一方的にやられていようが、死に瀕していようが、俺が彼らに何かをする事はない。それに、魔境に入る際に誓約書を書いただろう?

 この魔境という地に足を踏み入れるという事は、全てにおいて自己責任であると承諾したという事だ。魔境は、ベイルトン辺境伯領ではない。誰の領土でもなく、誰かが作り出した場所でもない。生き死には自然の摂理が適用され、王や貴族であっても、奴隷であってもこの森では一つの命。弱い者が強い者の糧になる、弱肉強食の力がものをいう厳しい世界だ。

 つまり何が言いたいのかというと、手出し不要と言われている事も相まって、精鋭部隊の連中を助ける気が一ミリもないという事だ。


(だけど、ジャック爺や公爵夫妻の企みの件もあるから、精鋭部隊の全滅は避けた方がいいか。まあ何人か死んだとしても、全滅は避けられるんだから、王族たちからしてみれば儲け物だろ)


 助ける義理も義務もないが、ジャック爺たちのためにも、現在進行形で蹂躙されている精鋭部隊を救いに動く。それに、これ以上戦闘に時間をかけて、血の匂いを魔境に漂わせると状況がマズくなる。次から次へと魔物が近寄ってきて、休まることのない戦闘地獄になってしまう。なので、さっさと仕留めるか撃退して、安全を確保する事を優先する!!

 俺は漆黒の狼がやって見せた様に、身体強化の魔法を発動する。そこから身体全体を魔力で覆い、魔力の鎧を生み出す。更に、腰に差していたロングソードを抜き放ち、剣身に魔力を纏わせて強化する。

 強化された身体で右脚を一歩踏み込み、地を砕きながら一気に加速。ボロボロと表現してもいい程に一方的にやられている精鋭部隊に、止めを刺そうとしている漆黒の狼に向かって一直線に駆けて、爪で引き裂かれそうになっている魔法使いの前に割り込む。そして、ロングソードを左薙ぎの横一線に鋭く振るう。


「――――フッ!!」

「ガァアアア!!」


 左薙ぎに振るったロングソードは、漆黒の狼の鋭き爪を綺麗に切り裂いた。そのまま返すかたなで、漆黒の狼を縦に真っ二つに切断しようと、上段からの振り下ろしを放つ。

 漆黒の狼は爪を切り裂かれた痛みに呻きながらも、上段から振り下ろされたロングソードの刃を、後ろに跳ぶことで避けた。漆黒の狼は綺麗に着地し、避けてやったとばかりにニヤリとしようとしたが、次の瞬間に左肩が切り裂かれて血が噴き出した事で、その表情が固まる。


「退け、黒き狼。次に襲い掛かってきたら、その首を飛ばす」

「………………グルゥ」


 漆黒の狼は長き沈黙の後に一鳴きし、身を翻してこの場から去っていく。その際には、切り裂かれた左肩の傷が塞がり始めていた。やはり、魔境の魔物の再生能力は異常な程に高いな。


「…………」


 俺は一言も声を掛ける事なく、精鋭部隊のリーダを見つめる。リーダーは暫く呆然としていたが、見下していた俺に見られた事で我に返り、指揮下の魔法使いたちに指示を出していく。


「……フン。では、“若返りの桃”に向かって移動を再開するぞ」

『了解』

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