第96話

 漆黒の狼との遭遇から暫く経ち、一歩、また一歩と桃が自生している場所へと近づいてきた。強気な態度でいた精鋭部隊だったが、それは虚勢に近いものであった様だ。桃に近づいていく事に、明らかに漆黒の狼よりも格上の魔物の存在を感じて、徐々にビクつく様になってきている。

 流石にプライドが高い精鋭部隊と言えども、死が間直に迫った漆黒の狼との戦いで、魔境の魔物たちの恐ろしさが身に染みた様だ。あれだけ高圧的だったリーダーすらも口を固く閉ざし、自分の存在を極力薄くする事に集中し、ただただ俺の後を付いてきている。

 俺は相も変わらず、何も言わずに先導を続ける。時折背中に視線を感じるが、恐らくはリーダーの視線だろうな。魔境の魔物たちを恐れていようとも、その傲慢とも言うべき高きプライドは健在の様で、漆黒の狼を簡単にあしらった俺に対して、何かしらの思いがあるのだろう。


「おい、まだ着かんのか」

「…………あと少しですね」

「ふん、そうか。移動速度を上げろ。さっさと“若返りの桃”を回収して、王都へと凱旋する。皆もいいな」

『了解です』


 リーダーの男の指示に大人しく従い、魔境を進むペースを上げる。ペースを上げた事で、魔物と遭遇する可能性も上がる。俺は魔物の接近を感知すると、それとなく遠回りなどのルート変更をして、接敵する事を回避してきた。

 桃が自生している場所やその付近が活動範囲、縄張りとしている魔物たちは、強さもさることながら戦いづらい個体が多く生息している。単純に身体能力が非常に高い個体から、多種多様な魔法を使ってくる個体。そして、特殊な魔法や能力を使ってくる個体など、本当に様々な魔物がいる。

 俺たちは、そいつらの縄張りを通って、桃が自生している場所に辿り着かないといけない。まあ縄張りに入った瞬間に、魔物たちに感知される訳ではないので、慎重に進めば安心安全に事を終えられる。しかし、今回は足手まといの、精鋭部隊の魔法使いたちがいる。そして彼らは、この魔境でもっとも捨て去らなければいけないものを、捨て去る事が出来ないと断言出来る。

 そして、漆黒の狼との戦闘から大体一・二時間が経った現在。俺と精鋭部隊は、桃の自生している場所へとたどり着いた。


「お、おお!!」

「間違いない、本に書かれた通りの姿だ!!」

「これが、“若返りの桃”!!」

「これを持ち帰れば、私は…………」

「総員、速やかに任務を全うしろ!!……これでまた一歩、私は上に上り詰める事が出来るぞ」

(さて、ここからだ。ここに自生している桃を全て回収しても、次の日にはもう生っているから、それに関しての問題はない。問題になるのは……際限なく湧き上がる人の欲だ)


 この精鋭部隊が、全ての桃を回収するのかどうかは知らない。しかし、彼らの欲がドロドロで大きい程、その可能性は非常に高くなる。そして、まず間違いなく、精鋭部隊は全ての桃を回収しようとするだろう。それが、どれだけ自分たちを危険な状況に追い込む行為なのかを、精鋭部隊は考えもしない。

 何事も程々にしておくのが、欲張らない事こそが、この魔境で生き残る一つのコツなのだ。欲張った奴から、呆気なく死んでいく。森の恵みを奪い取る人間であろうと、楽園に住まう魔物たちであろうとも。

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