第94話

 漆黒の狼は、自身に敵対した者たちに視線を向ける。自らを縛りつけてきた土と、自らに傷をつけようと魔法の槍を放ってきた人間たちの姿を、その二つの瞳に映す。

 弱い。どの人間も弱く、簡単に喰らい尽くせる様な脆弱な存在。だが一人だけ、自分がそんな脆弱な存在とされてしまう程の、圧倒的な強者がその弱者の群れに混じっている。その強者の存在が、漆黒の狼の思考や動きを慎重にさせる。しかしその慎重な動きが、弱者たちに謎の自信を与えた。


「なる程、腐っても魔物か。魔力障壁か何かで、我々の魔法を防いだか。……だが我々の魔法を防いだ事で、魔力を使い果たした様だな。よし、ここで一気に畳みかけるぞ!!」

『了解!!』


 こいつらは、本当に精鋭部隊なのだろうか?相対する存在の魔力量や、魔力・魔法抵抗力がどれだけ高いのかを探るのなんて、対魔物戦では初歩の初歩であるはずだ。何なら、騎士学院初年度の最初の方の授業で習う様な事だぞ。もしかして、傲慢になって暴走している謎の自信が、そんなものは必要ないと愚かな判断を下したのか?

 精鋭部隊の魔法使いたちは、より確実に仕留めるつもりなのか、先程の魔法の槍よりも数段上の魔法である、中規模殲滅魔法を各々が放つ。確かに、個人個人で中規模殲滅魔法が使えるのは、エリートと言っていもいい。だが言い方は悪いが、中規模殲滅魔法が使えるからといって、魔境で生き延びる事が出来るか、魔境の魔物を倒す事が出来るのかは別の話だ。


「さあ、滅びよ!!」


 幾つもの巨大な火球や水の槍、風の刃や岩石の弾丸などの高威力の魔法が、周囲三百六十度から漆黒の狼に襲い掛かる。漆黒の狼は、迫りくる魔法に対してフンッと鼻を鳴らして笑う。そこから魔力を操作し、身体強化の魔法を発動する。それと同時に、身体の周囲を魔力で覆う事で魔力の鎧を生み出し、防御力も上昇させる。

 だが、そこまでした漆黒の狼は、なおもそこから動く事はない。それは混じっている強者に対する警戒でもあり、弱者が放ってきた魔法が、自身に傷一つ付ける事のないというのが分かっているからこその行動だ。そしてこれから彼らが見る光景は、この魔境と言う地で生き抜く上で確実に対面する、魔法使いとして最初に直面する絶望の登竜門。


「グルルルルルル」

「う、嘘だ!?」

「中規模殲滅魔法を叩き込んだんだぞ!!」

「――――なんで無傷なんだ!!」

「狼狽えるな!!――来るぞ!!」


 今まで強者の動きを警戒し、慎重になっていた漆黒の狼が、遂に自分から動き出した。一瞬でその漆黒の姿を掻き消し、鋭き爪や牙を用いて、俺たちの命を喰らおうと襲い掛かってきた。

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