第77話

 桃に関しての情報を引き出そうとする、海千山千の商人たちとの面会から一ヶ月が経った。面会した商人たちには、ポンセロと同じ様に魔境に桃が自生していると伝えてある。当然、王家御用達の商人たちにも同じ事を伝えた。

 商人たちからその情報が伝えられた二つの公爵家と王族は、当初はその情報を疑い九割・信用一割といった様子で受け止めていた様だ。だが次第に集まってくる情報によって、徐々にその割合が変化していったそうだ。そして疑いを消し去り、信用を十割に変えた決定打が、俺の実家であるベイルトン辺境伯家からの返答だった。

 王族たちは自分たちの持ちる権力を使い、ベイルトン辺境伯家に情報開示を求めようと、まずは俺の情報が真実であるのかどうかを問い合わせた。それも、王妃の名前まで使って。

 親父や母さんたち、それに兄貴たちには、商人たちとの面会の事などは伝えてある。それから、王族が権力を使って何かしら仕掛けてくるであろう事も、しっかりと伝えてある。まあ両親やその家臣たちも馬鹿ではないので、そこら辺の事は充分に理解している。だから親父や母さんたちは、王妃の名前まで使われた問いに対して、心から嘘偽りのない答えで返した。


(実物は目にした事があるし、実際に食した事もあるが、自生しているのを確認したのは息子の両目だけだ……とはね。これは親父じゃなくて、母さんが考えた返答だろうな)


 王族はこの返答の時点では、まだ疑いの割合の方は強かった。そこで、信頼できる王城を守護する魔法使いや学者を呼び出し、桃が魔境に自生している可能性などをそれぞれに問うた。

 呼び出された魔法使いや学者たちの殆どは、面会した商人や二つの公爵家たちと同じ様に、王都で生まれ育った者たちだ。中には田舎で生まれたが、運や機会に恵まれた事で、王城勤めにまでのし上がった者もいるらしいが。

 そして呼び出された者たちは、王都にある過去の魔境に関する文献などを読み漁り、可能性は非常に高いという結論を出していた。それを王族に伝えると、王妃たち女性陣は桃欲しさの欲が湧き上がり、すぐさま桃回収のための戦力を魔境へと向かわせる様に秘密裏に命令を出した。

 その際、呼び出された魔法使いの中で一人だけ、安易に戦力を魔境に向かわせるべきではないと反対した者がいた。その人物は王城に長年勤め、最強の魔法使いと呼び声の高い老魔法使い、『賢者』ジャック・デュバルであった。

 彼は執拗に、必死になって、王族やカルフォン公爵家の持つ戦力を魔境に向かわせる事に反対した。その姿は、普段は温厚で、決して取り乱したりしない賢者が、初めて見せる姿であったそうだ。

 それでも王妃は、桃が手に入るという欲にまみれてしまっており、賢者の言葉に一切耳を傾ける事はなかった。賢者は、王族や王城の守護という己の職務と誇りをかけて王に直談判したものの、王にも聞き入れられる事はなかった。ならばせめてと、向かわせる戦力をもっと増やすか、質を上げるべきだと進言もした。

 だがそれは、王族や公爵家の戦力であると認められた者たちのプライドを、大きく刺激した。戦力の増強は不要だと、自分たちだけで魔境を制する事が出来る、そして桃を回収してくる事など容易であると、堂々と王や王妃に向かって宣言してしまった。そしてそれを、王や王妃、カルフォン公爵家当主が受け入れてしまった。賢者ジャック・デュバルは、自身の進言が受け入れられなかった事で、もはや王族に自らは不要だと判断し、全ての職を辞して王城から姿を消した。

 そして、一ヶ月が経った今日。王や王妃たち王族、そしてカルフォン公爵家当主の元に、魔境へと向かわせた戦力である者たちが帰還した。全員が満身創痍で、酷く怯え切ってしまっている、たった十名足らずの者たちが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る